鉄のウロコを足にまとったウロコフネタマガイが何も食べずに生きていける理由

この画像を大きなサイズで見るウロコフネタマガイ Image credit: HKUST

 海の中には、まだまだ私たちの想像を超えた生き物が存在している。そんな謎生物を象徴する存在が、ウロコフネタマガイという巻貝だ。

 インド洋の水深2,500m以深、灼熱の熱水が噴き出す暗黒の海底にひっそりと暮らすこの貝は、まるでファンタジー小説から飛び出してきたような姿をしている。

 足には鉄の鎧(ウロコ)をまとい、体内には細菌を飼っていて、心臓は異常なまでに大きい。そして何より驚くのは、彼らは何も食べずに生きているのだ。

 多くの謎に包まれていたウロコフネタマガイだが、最近の研究で少しずつその生態がわかってきた。

 ウロコフネタマガイは、別名「スケーリーフット(ウロコのある足)」と呼ばれる深海性の巻貝である。殻の直径は、最大で約4.5cm。最大の特徴は、その名の通り鎧のような「鉄のウロコ」に覆われた足だ。

 この奇妙な貝は、インド洋の水深約2,400〜2,800mの深海に存在する熱水噴出孔、いわゆる「ブラックスモーカー」の周辺で確認されている。

 現在のところ、生息が確認されているのは「カイレイ」「ソリティア」「ロンチー」の3つの熱水噴出域だけで、非常に限られた範囲にしか生息していない。

この画像を大きなサイズで見るChong Chen, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 この「鉄のウロコ」は、ウロコフネタマガイの足の表面から分泌される硫黄を含む物質と、周囲の熱水に含まれる鉄イオンが反応することで形成されると考えられている。

 ウロコは三層構造になっており、内側は柔軟な有機質、中間層には鉱物の結晶、外側は硬く黒い鉱物から構成されている。

 この構造が、極端な熱や水圧といった物理的ストレス、あるいは捕食者から身を守る優れた防御機構となっているのだ。

 簡単に言えば、この貝は鉄でできた鎧を身にまとっていると言えるだろう。鉄だから当然磁石には反応する。ウロコフネタマガイに磁石を近づけてみよう。

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 さらにウロコフネタマガイは、この頑丈な装甲の下に「すべての動物のなかで、身体の大きさに対して最も大きな心臓」を持っている。

 身体の容積に対して心臓の占める割合は約4%。これは他の動物ではほとんど見られない比率であり、この貝が熱水噴出孔付近の低酸素環境という、極限状態に適応できた証だと考えられている。

 この巨大な心臓の役割は、単に体内に酸素を循環させるだけではない。食道腺という消化器官に棲みついている、共生細菌にも酸素を送り届けているのだ。

この画像を大きなサイズで見る赤い部分が心臓

 これまで、ウロコフネタマガイの最大のミステリーとされていたのが、成体になると「何も食べずに生きている」ように見えるという点だった。

 だが最近の研究で、食道腺に棲む共生細菌たちが、熱水噴出口から湧き出す硫化水素などの無機化学物質をエネルギー源として、栄養分(有機物)を合成していることがわかってきた。

 つまり、ウロコフネタマガイは体内にある食料工場で細菌に栄養を作らせることで、必要なエネルギーを得ていたのだ。

 加えて、ウロコフネタマガイの食道腺は他の巻貝と比べて約1,000倍も大きいことも判明した。

 そこに大量の共生細菌が棲みつくことで、貝が生きるのに必要な、安定した栄養の供給が可能になっているわけだ。

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 また、ウロコフネタマガイは、成体になると精巣と卵巣の両方を備える、雌雄同体であることも判明した。

 これは深海という出会いの少ない世界において、より確実に繁殖のチャンスを得るための進化的な戦略と言えるだろう。

 こうした性質は、同じように極限環境に適応した深海生物や、寄生性の生き物にも見られる特徴だ。

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 この不思議な貝が初めて科学界に姿を現したのは、2001年4月のこと。アメリカの研究チームによる調査で、インド洋中央海嶺の熱水噴出域「カイレイ・フィールド」で発見された。

 その後は日本のJAMSTEC(海洋研究開発機構)による探査が行われ、2009年には「ソリティア・フィールド」で白いウロコフネタマガイが採取された。

 さらに中国・イギリスによる探査で「ロンチー(ドラゴン)フィールド」でも生息していることが確認されたが、現在のところこの貝の生息が確認されているのは、この3つの熱水域に限られている。

 これら3つの海域に生息する個体は、ウロコの色など外見上はやや異なっているものの、遺伝子的にはすべて同一の種であることが確認されている。

この画像を大きなサイズで見るimage credit: GoogleMap

 例えばソリティア・フィールドで見つかった白い個体は、周囲の熱水中に鉄イオンが少ないために、ウロコが硫化鉄を含まず、色も変化していると考えられている。

 このように、環境に応じて鎧の色を変える特性もまた、彼らの柔軟な適応力を示している。

 とはいえ、この貝の未来は決して明るいものではないかもしれない。彼らが暮らす熱水噴出域の真下には、コバルトや銅、金、レアアースなどの海底鉱物資源が眠っており、近年、海底鉱山開発の動きが国際的に加速している。

 彼らの生息域である3か所の熱水噴出孔のうち、2か所にはすでに海底鉱物の探査ライセンスが付与されてしまっている。

 将来この場所の開発が許可されると、ウロコフネタマガイの貴重な生息地が破壊され、彼らの種としての生存が脅かされる危険がある。

 これを受けて、IUCN(国際自然保護連合)は2019年、ウロコフネタマガイを「絶滅危惧種」として、レッドリストに登録した。

The Insane Biology Of The Volcano Snail

References: Scaly-foot snail: The armor-plated hermaphrodite with a giant heart that lives near scalding deep-sea volcanoes and never eats / The Scaly-foot Snail Formally Listed as Endangered: the First Step toward Deep-Sea Biodiversity Conservation Using the IUCN Red List

本記事は、海外で報じられた情報を基に、日本の読者に理解しやすい形で編集・解説しています。

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