EUの対米通商合意、選択肢の中で最もまし-各国思惑が交渉の手縛る

米国との通商交渉に携わった複数の欧州連合(EU)当局者は、合意内容はEUにとって、望ましいというよりは、可能な選択肢の中で最もましなものだったと考えている。事情に詳しい関係者が明らかにした。

  EUの交渉は正式には欧州委員会が担ったが、合意された協定内容は、加盟国政府が交渉当局の手を縛る形で大きく関与した結果でもあった。

  欧州委のフォンデアライエン委員長とトランプ米大統領との間で合意された協定は、米国が欧州からの輸入品の大半に15%の関税を課す内容だ。

  交渉を通じてEUの担当者が直面した最大の制約は、各国政府、特にドイツとフランスが、トランプ氏に譲歩を迫るために経済的な痛みを受け入れる覚悟を持っていなかったことにあった。

  フォンデアライエン委員長自身も強く抵抗することはほとんどなく、EUが当初掲げていた互恵的かつ均衡の取れた合意という目標から早々に撤退した。

  同氏は今回の協定について「われわれにとって得られる最善の内容だった」と述べた。

  事情に詳しい関係者によると、EUの大使らは1週間前、事実上2つの選択肢しかないと伝えられていた。すなわち、トランプ氏が提示した15%の関税を受け入れるか、報復合戦に突入するかのいずれかだった。

  しかし、報復合戦を実行するにはEUが結束してある程度の経済的打撃を受け入れる覚悟が必要だったが、実際には結束も覚悟もなかった。

  ある関係者は、EUは最終的に弱く、それは力がものを言う世界で、団結も戦略性も欠いているからだと語った。

  EUは、トランプ氏による関税措置に対抗するため、競争力強化、単一市場の拡充、米国以外との貿易協定の締結を柱とする方針を掲げている。しかし、これらの目標を実現するには加盟国の結束が不可欠であるにもかかわらず、しばしば足並みがそろわないというのが実情だ。

  貿易協定は合意されても採択に至らないことが多く、大胆な計画は打ち出されるものの、担当当局にはそれを実行するための十分なリソースが与えられず、政策イニシアチブは果てしない議論の中で立ち消えになる――こうした構図がEUの中には根強く存在している。

  ドイツのメルツ首相は27日、米国との協定を歓迎し「EU加盟国の結束が実を結んだ」と述べた。

  一方、フランスのサンマルタン貿易担当相は28日、EU当局者は協定内容の改善を目指し、早急に交渉の場に戻るべきだと語った。

  同氏はフランス・アンテルのラジオ番組で「私は昨日の結果で終わらせたくない」と述べ、「それでは欧州が経済大国ではないと認めることになってしまう」と強調した。

  米国との交渉を通じ欧州各国政府は一貫して、欧州としての強固な立場の確立よりも、自国の国益の防衛に重点を置いた。各国は自国の主要産業への短期的な打撃を最小限に抑えるための方策を模索した。

  独仏政権の脆弱(ぜいじゃく)性も一因だ。メルツ独首相もフランスのマクロン大統領も、経済的な打撃を政争の道具としかねない右派ポピュリスト勢力の台頭に直面している。

  また、米国の安全保障への依存が依然として大きいため、トランプ氏が貿易圧力への報復としてウクライナへの支援を打ち切ることへの不安も交渉姿勢に影を落とす。

  EU主要国政府は表向きは強気の姿勢を見せ、米国に対して厳しい態度を取るように見せていたが、実際の交渉過程では常に米国をなだめる方策を探っていた。

  EUは、米国による関税引き上げへの対抗策として約1000億ドル相当の米国製品に対する報復措置を盛り込んだ二つのリストを作成していた。

  だが関係者によれば、欧州委は4月、加盟国の圧力を受けてそのうち一つのリストの策定作業を一時停止することに合意した。こうした控えめな対応が米側の善意を引き出しより良い合意につながると主張する声があったという。

  また関係者によれば、加盟各国の個別要求が結果としてEUの交渉力を弱める形になった。

  報復関税の対象となる米製品のリストから特定の品目を削除するよう求める声が相次いだが、その多くは欧州としての一体的な戦略ではなく、個別の国益に基づいたものだったという。

  例えばフランスは、米国がシャンパンやワインに報復関税を課す可能性を警戒し、米国産の蒸留酒を対象から外すよう求めたという。

カリフォルニア州の港湾で荷揚げされるメルセデスベンツのSUV

  ドイツの要請の中心は自国の自動車産業の保護だった。関係者によると、自動車業界が策定しドイツ政府が推進していた一つの案では、欧州の自動車メーカーが米国への投資を行う見返りとして、関税の軽減を受けられる仕組みが提案されていた。

  フランス政府は農産物への市場アクセスの制限や規制の自主権維持といった越えてはならない一線の死守を強く求めるとともに、自国のワイン産業に有利な条件を確保するよう要請していたという。

原題:Merz and Macron Just Didn’t Want to Risk a Trade War With Trump(抜粋)

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