米国政府をスタートアップのように運営していいはずがない
マスクらはデータ、機密データ、決済データを要求し、多くの場合それを入手している。データそのものが目的だが、データは競争上の優位性をもたらし、さらには武器としても容易に利用できるものでもある。
そして、コスト削減だ。マスクらはそれを求めている。具体的には、シリコンバレーで人気のある財務計画の手法であるゼロベース予算(ZBB)を連邦政府に適用しようとしている。この手法では、すべての支出を検証し正当化する。その実行方法のひとつが、予算の数%しか占めない連邦職員の給与支出だ。ほぼ全員に対し、退職金を支払って削減するという、法的に疑わしい提案である。
もう1つは、ただ可能だからという理由で米国際開発庁(USAID)を解体することである。(これが合法なのか疑問に思っているかもしれないが、多くの専門家は「合法ではない」と指摘している)。USAIDの職員や施策を支えるための支出は議会によって正当化され、義務付けられている。しかし、その事実さえ不都合なもの、あるいは取るに足らないものとして扱われているのだ。
これらはわたしたちが把握している目標の一部に過ぎない。マスクのチームはすでに多くの機関に入り込んでおり、何でも実行できる状態になっている。唯一確かなのは、それが秘密裏に進められているということだけだ。
スタートアップ的なやり方に伴う危険性
マスクの支持者たち、そしてトランプの支持者の多くが、こうした動きを歓迎している。億万長者なのだから、自分たちのしていることを理解しているに違いない、と考えているのだ。若くて才気あふれるエンジニアこそ、この国に必要な存在であり、古くさいアナログ思考はもういらない。いまこそ憲法を“次世代化”すべきときだ。ついでに、Big Ballsのミームコインを発行してしまおう。
しかし、ソフトウェアスタートアップについて言えば、その多くは失敗する。大きなリスクをとっても報われず、失敗の残骸を放置したまま、新たなプレゼン資料に次々と着手するのだ。これこそ、DOGEが米国に押し付けようとしている手法である。
連邦政府の仕組みが完璧であるとか、それが非常に効率的であるとは誰も思っていない。もちろん改善の余地はあるし、実際に改善されるべきだ。しかし、選挙で選ばれた議員や公務員、そして慎重な配慮と熟考を伴うプロセスを通じて、変化がゆっくりと着実に進められてきたのには理由がある。それはリスクが極めて高く、失敗したときの代償は計り知れず、取り返しがつかないからだ。
ハイパーループが列車を、The Boring Companyが地下鉄を、Juiceroがジュースの搾り方を“再発明”したのと同じように、マスクは米国政府を再発明するつもりだ。つまり、マスクは何も再発明せず、問題を解決することもないということだ。結局のところ、マスクが自らの権力と富をさらに強固にする以外の“解決策”を提示することはないのである。マスクは民主主義を骨まで削ぎ落とし、自らが手がけた企業と同じく手の施しようのないものへとつくり変えるだろう。マスクは素早く動き、物事を破壊していく。
(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)
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