アメンボのように水面を駆ける“昆虫ロボット”の可能性

Skip to main content

アメンボの一種の動きを模倣することで、急流の水面を自在に滑走できる昆虫サイズのロボットを、米国と韓国の研究者たちが開発した。表面張力を利用した推進機構によって、エネルギー効率と機動性を両立させている。
アメンボ型のロボット「ラゴボット」(左)。その脚の先端部分(右)は、アメンボの一種であるRhagoveliaの脚の構造を模倣している。Photograph: Ajou University

昆虫サイズのロボットは、災害現場や環境調査で人間が入り込めない領域にアクセスする手段として期待されている。だが、その小ささゆえに不安定な水面や障害物を乗り越えるのは難しい。そんな課題を解決するために、これまで多くの研究者が多種多様な生物の体の仕組みを模倣した小型ロボットの設計に挑んできた。

こうしたなか米国と韓国の国際研究チームが着目したのが、カタビロアメンボ科に属する「Rhagovelia」というアメンボの一種である。この昆虫は、脚に備わった扇状の機構を開閉させることで、乱流に満ちた水面を素早く旋回しながら進むことで知られている。1秒間に体長の120倍の距離を移動し、わずか50ミリ秒で急旋回できる高い機動力は、飛翔能力をもつ昆虫に匹敵するほどだ。

アメンボの一種であるRhagoveliaが水面を移動する様子。スローモーションで再生すると、扇状の機構が開閉している様子がわかる。

Video: Victor Ortega-Jimenez

「どうすればこんな動きができるのか。その答えを見つけるまでに5年以上の歳月がかかりました」と、カリフォルニア大学バークレー校で統合生物学を研究するビクター・オルテガ=ヒメネスは説明する。「脚の扇が水滴に触れると同時に開くのを初めて観察したときは、まさに目から鱗が落ちる瞬間でした」

オルテガ=ヒメネスらの研究チームは、Rhagoveliaの脚部に備わった扇が水滴に触れるだけで受動的に開閉する仕組みを模倣することで、最小限のエネルギー消費で水面を自在に滑走できる昆虫ロボット「ラゴボット」を開発した

Rhagoveliaが水面を移動するメカニズムを解析する過程で、研究者たちは脚の扇が筋肉の駆動ではなく、表面張力と弾性力によって受動的に開閉していることを突き止めた。この扇は推進時には水面を強く蹴るために展開して剛性を発揮し、脚を戻すときには水の抵抗を最小化するために柔軟に折り畳めるようにできている。この二元性こそが、Rhagoveliaの高い機動力を支えていたのだ。

さらに、韓国の亜洲大学の研究者たちが走査型電子顕微鏡で扇部分の高解像度画像を撮影したところ、その断面はこれまで考えられていたような円筒形ではなく、リボン状の扁平構造をもっていることが明らかになった。この微細構造を模倣することで、Rhagoveliaの身体機能を人工的に再現できると、研究チームは確信したという。

Rhagoveliaの2本の脚の先端にある扇状の部分(左)と、その電子顕微鏡写真(右)。扇状の部分がリボン状の扁平構造をもっており、さらに小さな毛に枝分かれしている様子がわかる。この構造によって水面を強く蹴ることで推進力を得る仕組みだ。

Photographs: Emma Perry, Univ. of Maine/Victor Ortega-Jimenez, UC Berkeley

ラゴボットに搭載されている超小型の扇は、わずか1mgという軽さで、自律的に開閉動作を繰り返せるように設計されている。これにより水面での推進力と制動力、旋回性能を大幅に向上させることに成功した。研究者たちによると、実際のRhagoveliaと同じように乱流の環境下で滑らかに動作することも実証できたという。

ラゴボットに搭載されている超小型の扇が動作する様子。自律的に開閉動作を繰り返すことで、水面での推進力と制動力、旋回性能を大幅に向上させた。

Video: Ajou University

Rhagoveliaの脚部の仕組みは、数百万年という生物の進化の過程で自然が育んだ知恵といえる。筋肉に頼らずに水面の物理現象を利用することで、エネルギー消費を極限まで抑えている。こうした生物特有の効率的な機構は、小型ロボットの開発における動力の制約を克服する可能性を秘めており、次世代技術の基盤になることが期待されている。

特筆すべきは、Rhagoveliaの動きが一般的なアメンボとは異なる流体パターンを生み出している点だろう。脚部の扇によって水面に刻まれる複雑な渦や波は、空を飛ぶ生物が羽ばたく際に生じる後流(流体中を動く物体の後方に回り込むように発生する流れ)に似ている。

このことから、Rhagoveliaは扇で水面をかくことによる抗力だけでなく、水流に生じさせた揚力を同時に利用している可能性も考えられるという。事実、自然界には水かきを使って海を泳ぐウミウや、毛に覆われた脚で水辺を移動するハンミョウモドキのように、さまざまな生物が水面や水中に揚力を発生させている例がある。

河川の水面は常に揺れ動いており、米粒ほどの大きさのRhagoveliaにとって非常に過酷な環境だ。それでも昼夜を問わず水をかき続けて捕食者から逃れ、餌をとり、繁殖に成功している。今回の研究によって、その驚異的な機動力と持久力を支えているユニークな機構の仕組みが裏づけられた。

そんなRhagoveliaを模倣したラゴボットは、こうした環境での利用を想定して設計されている。水面に生じる抵抗や表面張力を積極的に活用することで、乱流のなかでも効率的に動ける機構が実現した。従来の小型ロボットが苦手としてきた局面において、新たな可能性を切り拓く存在になるかもしれない。自然界の仕組みを工学的に再現する試みは、未来のロボティクスの方向性を鮮明に映し出している。

(Edited by Daisuke Takimoto)

※『WIRED』による生物模倣の関連記事はこちら

Related Articles

雑誌『WIRED』日本版 VOL.56「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」好評発売中!

従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら

関連記事: