炭素素材を活用した衣類開発に挑む女子高生「炭素ちゃん」…きっかけは父のような突然死をなくしたい

 「炭素ちゃん」と周囲に呼ばれるほど炭素に魅せられた福岡市の高校生が、炭素素材「カーボンナノチューブ(CNT)」を活用して、体調の急変を察知する衣類型端末の開発に挑んでいる。研究を始めたきっかけは、父親の突然の死だった。簡単に身に着けられる端末にすることで、「孤独死・突然死で悲しむ家族がいない世界」を目指している。(堀美緒)

CNTを使った発電の仕組みについて説明する岡部さん(1月、福岡市の福岡雙葉高で)

 「構造が美しくて、形によって様々な性質に変わる。発電にも使えるんです」

 CNTの特性について、福岡雙葉高2年の岡部真央さん(16)は、こう熱く語る。

 開発しているのは、シャツのように着用できる端末。心拍数や傾きなどを計測できるセンサーを組み込み、心拍の異常や転倒を検知できるようにして、家族らのパソコンやスマートフォンで即時に確認出来る仕組みを想定。時計型端末は普及しているものの、「充電も不要で、より意識せずに、誰でも健康管理ができるようにしたい」と考えている。

開発している衣類型端末のイメージ

 電力をどう賄うかのカギを握るのがCNTだ。高校1年の夏、九州大が開いた「未来創成科学者育成プロジェクト」で工学研究院の藤ヶ谷剛彦教授(高分子化学)からCNTの説明を受け、衝撃を受けた。軽くて耐久性も備え、発電に使える性質も知り、「これなら、問題を解決できる!」とCNTの実験や勉強にのめり込んでいった。

 岡部さんが解決したかった問題とは、突然死で悲しむ人をなくすこと。中学2年の12月。その日は、いつもと変わらぬ朝だった。「おはよ、I love you!」「I need you! 行ってきまーす」。父の義夫さんと日課の掛け合いをして家を出た。

 学校から帰ると家族が誰もいなかった。深夜に母から連絡を受けて父の会社に向かうと、父が職場で1人でいたときに倒れて亡くなったことを告げられた。当時48歳。持病もなかった父との突然の別れだった。

 「誰かがすぐに気づいていたら、亡くならなかったのではないか。何もできなかった自分が悔しい」

 父の死を機に「自分で何か作れないか」との思いを抱き続けていた中で、学校で九州大の育成プロジェクトのポスターを目にした。科学者という言葉にひかれ、「科学なら突然死をなくせる」と感じて参加。出会ったのがCNTだった。

 以来、炭素に夢中の日々を送っている。学校で科学部に所属し、毎週土曜には藤ヶ谷教授の研究室に通って実験などに取り組む。父親の書斎だった部屋を研究部屋にして、プログラミングなども学んでいる。

 発電には、温度差があると発電する「ゼーベック効果」という原理を活用している。CNTの粉末を分散させた溶液を染みこませた特製の糸を織り込んだ布を用いるなどし、布の表と裏にできる温度差を利用して発電させる仕組みだ。

 現状では発電量が少ないのが課題で、特製の糸を縫い付ける布を何十種類も用意して試作。途中の作業で使う溶液の濃度を変えるなどして改良を重ねている。

 藤ヶ谷教授は「熱意に加え、心から楽しんで研究に取り組んでいる姿がとても頼もしい」と話す。

 学外のイベントなどにも積極的に参加し、助言をもらったり、研究に必要な資金を賄ったりしている。熱心な姿に、出会った人たちからは親しみを込めて「炭素ちゃん」と呼ばれる。今年度は、福岡県などが意欲的なアイデアを持つ高校生に最大50万円を助成する「未来をつくる高校生チャレンジ」に採択された。中高生の研究を支援するプロジェクト「サイエンスキャッスル」でも製薬会社の研究助成に採択され、大会でポスター発表もした。高校生起業家を対象にした私塾にも参加する。

 研究を続けてこられたのは、父への思いとともに、学外で出会う人たちの存在も大きい。父親が失語症になったことをきっかけに、失語症患者や家族をサポートする装置の開発に取り組む岡山県の女子生徒とは、「一緒に頑張ろう」と頻繁にやり取りしている。

 岡部さんは「やりたいことを追究している人たちに刺激をもらい、自分も自信を持って取り組めている。創造したい世界を目指して、研究を続けていきたい」と目を輝かせる。

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