【コラム】「安い日本」打破するのは首相か大谷翔平か-リーディー
東京に暖かな春風が吹き、咲き誇る桜が街をピンク色に染める季節がやって来る。今年は例年以上にエキサイティングだ。
米大リーグ(MLB)、ロサンゼルス・ドジャースのスーパースター、大谷翔平選手がシカゴ・カブスとのシーズン開幕戦のため帰国している。
東京ドームでの2試合のチケット10万枚近くが、わずか数時間で完売。1万3500ドル(約200万円)近い金額で転売されている。世界一有名な日本人スポーツ選手の凱旋(がいせん)帰国に対する熱狂ぶりは、米国の歌姫テイラー・スウィフトさんのコンサートの2倍、3倍かもしれない。
2017年のシーズン終了後にMLBに移籍した大谷選手は、昨年のちょうど今頃、スキャンダルに巻き込まれていた。24年のソウルでのシーズン開幕戦後、大谷選手の友人でもあった水原一平元通訳が違法賭博に関与した疑いがあると発表された。元通訳には今年2月、大谷選手から1700万ドルを盗んだ罪で4年9月の拘禁刑が言い渡された。
大谷選手は昨シーズン、ドジャース移籍1年目にしてワールドシリーズを制覇。1シーズンでの50本塁打・50盗塁という前人未踏の記録を達成し、ナショナル・リーグのシーズン最優秀選手(MVP)も受賞。もうすぐ父親になる大谷選手は今年、投手に復帰予定で、昨シーズンは見られなかった二刀流での活躍が期待される。
日本の街角を歩けば、どこもかしこも大谷選手だらけだ。化粧品やマットレス、英会話学校、そして最近ではコンビニエンスストアのおにぎりの広告に彼の顔が使われている。今月公表されたアンケートでは、小中高生が選ぶ「憧れの人」に選ばれた。
彼の生きざまは、野球漫画の主人公を連想させる決意とハートを持ち、時にフィクションからそのまま抜け出たようにも見える。
11年の東日本大震災と津波で大きな被害を受けた岩手県出身の大谷選手は、幼い頃から目標を定め、驚異的なひたむきさでそれを達成しようとしてきた。
当初目指していたより数年遅れでのMLB移籍となったが、それでも他の日本人選手よりはるかに早い23歳という年齢で米国に渡った。16年には所属していた北海道日本ハムファイターズで日本シリーズ優勝も経験している。
もっと良い条件の提示もあったが、それを断り、ロサンゼルス・エンゼルスに入団。エンゼルスはベーブ・ルース以来初めてエースピッチャーとバッターの両方として活躍するという大谷選手のかないそうもない夢を現実に変えるチャンスを与えてくれた数少ない球団の一つだった。
ドジャース移籍時も契約金のほとんどを10年後に受け取ることで、チームの戦力強化に貢献。大谷選手について聞こえてくる不満は、彼の功績が目立ち過ぎてしまうことだけだ。昨年の日本シリーズを制した横浜DeNAベイスターズの26年ぶり日本一も影が薄い。
世界一のプレー
日本ではここ数年、有名な芸能人がセクハラ問題でキャリアを棒に振るという出来事が相次ぎ、政界は与党の資金スキャンダルが後を絶たない。
今、称賛される人物が不足しているこの国において、大谷選手の清廉潔白さは新鮮に映る。大谷選手を国のトップに据えてみたらどうだろうか。自民党所属議員への商品券配布問題で石破茂首相が直面する政権運営の難しさを踏まえると、そんなことでも思わずにはいられない。
私は最近、大谷選手が現代日本を象徴する存在なのではないかと考えている。どちらかと言えば、彼はあまりにも「お得感」があり過ぎる。
北海道日本ハムファイターズは、大谷選手のポスティング制度を通じた移籍で2000万ドルの譲渡金しか取っていない。これは、同じ時期にフランスのサッカーチーム、パリ・サンジェルマンが当時19歳のキリアン・エムバペ選手獲得で支払った1億9500万ドルと比較すると、あまりに少ない。
さらに、ドジャースに新たに加わった佐々木朗希投手(23)のケースでは、古巣である千葉ロッテマリーンズが手にするのはわずか160万ドルと報じられている。
佐々木投手はMLBのルールでは「アマチュア」と見なされた。日本のプロ野球(NPB)でフリーエージェント(海外FA)の権利を行使できるシーズン数に達していなかったため、大谷選手と同様、NPB球団が認めた場合に限りMLB球団と交渉できるポスティング制度を使う必要があった。
こうした状況全体を見ていると、日本が提供しているバーゲン案件を思い出す。野球のスカウトが才能ある選手を求め日本中をくまなく探しているように、プライベートエクイティー(PE、未公開株)投資会社も日本中の割安な企業を狙っている。
「セブン-イレブン」のセブン&アイ・ホールディングスなどは、心地よい眠りを覚ますかのような買収提案を突き付けられている。一杯800円以下のラーメンを提供する店主から新入りのソフトウエアエンジニアや大企業の最高経営責任者(CEO)に至るまで、日本人は安い給料で働き過ぎだ。
スポーツの世界では、こうした才能を国際市場で生かすのはもっと容易だ。ボクシングで4階級を制覇したチャンピオン井上尚弥選手は、何年も国内で戦い続けた後、ラスベガスで5月に試合を行い、サウジアラビアの資金支援も得る。
「安い日本」を変えるのは難しいだろう。野球だけ見ても、ポスティング制度の改革について多くの議論がなされているが、合意には至っていない。一方、大谷、佐々木、井上の各選手から勇気をもらい、世界の舞台でより多くのリスクを負うことに前向きになる日本人もいるかもしれない。
桜の花が散るように、大谷選手のキャリアも振り返ればあっという間に過去のものとなるだろう。だが世界最高のプレーを目にして育った世代にとって、その記憶は永遠に残ることになる。
(リーディー・ガロウド氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストで、日本と韓国、北朝鮮を担当しています。以前は北アジアのブレーキングニュースチームを率い、東京支局の副支局長でした。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)
原題:Superstar Shohei Ohtani for Prime Minister: Gearoid Reidy (抜粋)