ブルーオリジンが提案する「火星通信衛星」は2028年のNASAミッションを支援可能?
アメリカ企業Blue Origin(ブルーオリジン)は2025年8月12日付で、火星ミッションにおける地球との通信を中継する「Mars Telecommunications Orbiter(MTO=火星通信衛星)」の構想を発表しました。
Blue Originが提案するMTOとは?
こちらは同日付でBlue Originが公開した、MTOの概要を説明した動画です。
【▲ アメリカ企業Blue Originが発表した「Mars Telecommunications Orbiter(火星通信衛星)」の概要(英語)(Credit: Blue Origin)】
Blue Originによると、MTOは同社の火星次世代中継システムや火星サンプルリターンの商業提案を基盤としており、地球=火星間の継続的な通信を可能にする高速通信中継ネットワークを構築するために火星の周回軌道に投入されます。
MTOはBlue Originが開発・製造中の輸送プラットフォーム「Blue Ring(ブルーリング ※)」をベースに開発されます。推進システムとして化学推進だけでなく太陽電気推進も採用されており、高性能な通信専用のペイロードを搭載するだけでなく、ミッションに応じて1トン以上のペイロードを火星軌道に運ぶ能力も備えています。
また、火星の低軌道に展開される小型のUHF中継衛星を複数搭載可能で、既存の機器や将来のミッション向けにUHF通信を提供することもできるとされています。
※…Blue Ringは合計3トンのペイロードを搭載できる宇宙機。複数の軌道に遷移したり、静止軌道・シスルナ(地球と月の間の空間)・惑星間空間にペイロードを輸送したりすることが可能とされています。
Blue OriginはNASA=アメリカ航空宇宙局が2028年に実施する火星探査ミッションをMTOで支援する準備が整っているとプレスリリースで述べており、上掲の動画も「Blue Origin is ready to help NASA develop Mars.(Blue OriginはNASAの火星での取り組みを支援する準備ができています)」という一文で締めくくられています。
【▲ 地球=火星間の通信を中継するBlue Originの「MTO=火星通信衛星」のCGイメージ。Blue Originが公開した動画から引用(Credit: Blue Origin)】 【▲ Blue OriginのMTO=火星通信衛星の軌道(青色)と、展開された小型のUHF中継衛星の軌道(黄色)を示したCGイメージ。Blue Originが公開した動画から引用(Credit: Blue Origin)】一度中止されたMTOがトランプ政権下で復活の兆し
MTOと呼ばれる火星ミッション用の通信衛星が計画されたのは、今回が初めてではありません。
かつてNASAは同じ名前の火星周回機を2009年に打ち上げるべく準備を進めていましたが、予算の制約により2005年7月に中止。地球と火星探査機や火星探査車の通信は、「Mars Reconnaissance Orbiter(MRO=マーズ・リコネサンス・オービター)」などの通信専用ではない火星周回機が中継役を担ってきました。
【▲ 2005年7月に計画が中止されたNASAのMTO=火星通信衛星のCGイメージ(Credit: NASA/JPL)】しかし、計画中止から20年後の現在、MTOは復活の兆しを見せています。
2025年7月にアメリカのトランプ大統領が署名し成立した「公法第119-21号」、いわゆる「One Big Beautiful Bill Act(1つの大きく美しい法案)」は減税策が注目されましたが、2025会計年度にNASAへ(他の予算とは別に)約100億ドルを拠出することも記されていて、そのうちの7億ドルがMTOに割り当てられています。
“復活”したMTOは民間から選定・調達される方針で、火星表面で採取したサンプルを地球へ持ち込む「火星サンプルリターン」や、将来の火星表面・軌道の探査や有人探査における、強靭かつ連続的な通信を提供できることが条件です。選定の条件として、2024年度または2025年度にNASAから火星サンプルリターンの商業設計研究の資金提供を受けていることなどが定められていて、採用された企業は2028年12月31日までにMTOをNASAへ引き渡すことになります。
また、同法では、アメリカが主導する有人月探査計画「Artemis(アルテミス)」に関連して、計画の継続が危ぶまれていた月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」への26億ドルの割り当てや、NASAの大型ロケット「Space Launch System(SLS)」および有人宇宙船「Orion(オリオン、オライオン)」の調達費用なども定められています。
【▲ Blue Originが開発する月着陸船「Blue Moon」のコンセプト(Credit: Blue Origin)】Blue OriginはArtemis計画で3回目に有人月面着陸を行う「Artemis V(アルテミス5)」ミッション向けに月着陸船「Blue Moon(ブルームーン)」の有人型を提供することで、すでにNASAと契約を締結しています。
トランプ政権によるNASAの科学ミッションに対する予算削減が致命的だと指摘する声が相次ぐ一方、先述の法律からは月・火星への有人ミッションを重視する姿勢が垣間見えます。こうした状況下で行われたBlue Originの提案は、月だけでなく火星でのミッションへの関与拡大も目指す姿勢の現れと言えそうです。
文・編集/sorae編集部