ロバーツ監督「ロウキは自己流だったから」ドジャースの奇跡…佐々木朗希を復活させたのは、プロ経験なし“30歳の投手オタク”だった「ロッテ時代から動画を見ていた」(Number Web)

 9月上旬、ドジャースが佐々木をヒルのもとに送り込んできた。そのセッションは、質問から始まった。 「どんなことをルーティーンに?」 「いちばん楽に投げられる球種は?」 「11歳の時にコーチから言われたことで、いまも実践していることは?」  問診である。ただしヒルは、佐々木が自分たちを懐疑的に見ても仕方がないと考えていた。なぜなら、  ・そもそも、アメリカ人が自分の投球メカニズムを理解できるのだろうか?   ・今季、ドジャースの投手陣は故障者が相次いでいる  といったことが考えられたが、ただ一点、「君の投球を良くしたいと思っている」というメッセージを伝えたという。

 ヒルは問題点を見抜いていた。  佐々木が完全試合を達成した2022年のシーズンと比べ、フォーシームの球速は7マイル、10キロ以上遅くなっていた。その原因はなにか? 「骨盤」がその鍵だった。  2022年と2025年の投球フォームを比較すると、右膝に違いがあった。好調時の佐々木は、左足をハイキックする時に右膝は曲がり、タメを作って骨盤が早く回転してしまうこと、日本語で言うところの体を早く開くことが抑えられていた。タメが出来ることで、踏み出す左足にしっかりと重心が乗り、下半身から生まれた力が指先に伝わる。  しかし、2025年は右足が伸びていた。それによって骨盤が前傾してしまい、下半身から生まれたエネルギーが逃げ、球速が落ち込むことにつながっていた。  ヒルは右足を曲げることを提案した。骨盤の前傾を避け、体の開きを遅らせる。それによって、爆発的なエネルギーが戻ってくるはずだった。動作の改善とともに、「UP, DOWN, OUT」という極めて単純な「呪文」を授けた。  UP、左足を大きくキックする。DOWN、その足を真下に下ろし、深く沈み込む。これによって体の開きが抑えられ、エネルギーがため込まれる。そしてOUT、ボールに力を込める。この一連の動きによって下半身から生まれたエネルギーが上半身をつたって、腕へとスムースに伝達される。


Page 2

 普通は動きを調整するためのドリルから「治療」が始まるというのだが、佐々木はすぐに試すと話し、9月6日のブルペンでは95から97マイル(153〜156キロ)のフォーシームを投げた。抜群の修正力だ。ヒルはパッサン記者にこう話している。 「聞き取りのなかで確かめているのは、これがソフトウェアの問題なのか、ハードウェアの問題なのかを見極めること。ハードウェアの問題ではないと判断できれば、関節を正しい位置に整えるだけで、すぐに改善できる可能性があります」  佐々木の場合、すぐに改善した。  ロバーツ監督はこう話す。 「ロウキは才能があふれていたので、指導らしい指導を受けたことがなかった。自己流でここまでやってきたんだ」  高校でも、千葉ロッテでも与えられなかった“処方箋”、いや、メジャーリーグの他球団でも手にすることが出来なかったであろう処方箋を手にして、佐々木は驚くべき復活を遂げた。  佐々木が100マイルを投げられるとなって、ドジャースは動いた。  先発の駒はスネル、山本由伸、大谷翔平、グラスナウと十分に足りている。しかし、ブルペンは「恐怖の館」だ。経営陣は佐々木に「今季中にチームに貢献できるとするなら、ブルペンで投げることになるんだが」と話したところ、佐々木はこの配置転換を喜んで受け入れた。  ようやく、ドジャースに貢献できる時が来たのだ。  そして結果は……ご存じの通りだ。  アメリカの実況では、「佐々木はドジャースの不安をすべて吹き飛ばしてしまうかもしれない」と評価していた。  運命は逆転したのだ。

 さて、気になるのはピッチング・ディレクターのロブ・ヒルのことだ。30歳で、こんな大仕事を成し遂げたのだから。  ヒルにはプロで投げた経験はない。大学時代、リリーフ投手として活躍していたが、1年生の時に肩を故障する。治療、トレーニング方法を探すうち、シアトル近郊にあるラボを探し当てた。  ドライブラインだ。  トレバー・バウアー、クレイトン・カーショーらの名だたる投手たちが動作解析を行い、トレーニングをした「虎の穴」である。  ヒルは2014年にドライブラインに通い出したが(19歳の時だ)、動作解析にのめりこんでいき、ウェストモント・カレッジを卒業すると、ドライブラインに就職した。彼は投手として活躍するよりも、動作解析の分野で天才だった。  2019年、24歳の時点で一部のメジャーリーグの投手の間でヒルは絶大な信頼を勝ち得ていた。特に、ハイスピードカメラによる動作解析から導き出されるドリルの処方に定評があり、そのセッションを受けた一人がカーショーだった。ヒルの噂はドジャースの上層部に届き、2019年12月、ヒルはこの名門球団と雇用契約を結ぶ。ドジャースにとっては、プロ経験があろうとなかろうと関係ない。優秀な人物との契約に躊躇はなかった。  そして2025年、ヒルはモニターの中で見ていた佐々木朗希と出会い、人生を変える処方を行った。  パッサン記者は「スーパースターを擁するドジャースには非難が寄せられがちだが、選手の問題を把握し、指導、明確なコミュニケーション回路を確保し、成長に導く力は野球界でも屈指」と評価している。  佐々木は他の球団では、このような復活はできなかっただろう。このポストシーズンの物語は、ロサンゼルス・ドジャースが起こした奇跡なのである。  さて、この秋の物語は、どんな結末を迎えるだろうか? 

(「スポーツ・インテリジェンス原論」生島淳 = 文)

関連記事: