アップルにはiPhoneより大きな強みがある…戦略も社員も一流なのに日本企業が負け続ける「たった1つの理由」 世界のトップ企業は事業だけで競争していない

日本企業が再び力を取り戻すためにはどうすればいいのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「OS(Operating System、基本ソフト)という視点から経営を捉える必要がある。日本企業が次の10年で生き残るための鍵は、事業でも戦略でもなく、『企業OS』の再設計である」という――。(第1回/全2回)

写真提供=ゲッティ/共同

新機種のiPhoneを発表する米アップルのティム・クックCEO=2025年9月9日、米カリフォルニア州

企業を見るとき、私たちはどうしても「何をしている会社か」という問いから始めてしまう。通信会社、テクノロジー企業、エネルギー企業、航空会社、投資会社……。しかし、この5社――ソフトバンクグループ、Apple(アップル)、Exxon Mobil(エクソンモービル)、Delta Air Lines(デルタ航空)、Berkshire Hathaway(バークシャー・ハザウェイ)――を“業種”という概念で分類しても、本質にはまったく到達しない。

これら5社が本当に表現しているものは、事業の種類ではない。「企業という存在を何によって動かすのか」という“OS(Operating System、基本ソフト)としての構造である。

事業はアプリケーションにすぎない。OSが古ければ、アプリは動かない。これはテック企業だけの話ではない。あらゆる企業、あらゆる産業に共通する原理であり、5社はそれぞれ異なる角度からその“OS”を極端に体現している。

にもかかわらず、OSという視点から経営を捉える思考は、日本ではいまだ根づいていない。だから変革が掛け声倒れに終わり、DX(デジタルトランスフォーメーション)が表層で停止し、新規事業が“別会社のように孤立”する現象が起きる。本来変えるべきものは、事業ではなくOSだからだ。

本章では、この「企業OS」という概念を深く掘り下げながら、なぜ業界が違う5社が、企業OSという視点では驚くほど似た構造を持つのかを解き明かす。

1.一見バラバラの5社は、実は「企業OS」という共通構造で動いている

まずはあらためて5社の姿を確認しておきたい。

ソフトバンクグループは、通信、インターネット、AI、半導体(Arm)、そして世界最大級のテクノロジー投資ファンドであるSoftbank Vision Funds(ソフトバンク・ビジョン・ファンド、SVFs)を束ねる巨大企業集団である。事業会社でありながら、世界的な投資会社でもあるという独自の構造を持つ。

アップルは、iPhone・Mac・Apple Watchなどのデバイス、iOSというOS、App Storeというアプリストア、Apple MusicやiCloud、Apple TV+などのサービス事業を垂直統合した“世界最大の消費者向けテクノロジーOS企業”である。

エクソンモービルは、原油・天然ガスの探査から生産、輸送、精製、化学品、低炭素技術まで――文明を支えるあらゆるエネルギー領域をフル統合した世界最大級の実物インフラ企業である。

デルタ航空は、航空輸送という極めて変動の大きい産業にありながら、マイレージプログラム「SkyMiles(スカイマイル)」とAmex(アメックス)提携による“旅 × 金融プラットフォーム”という独自構造を構築し、航空会社でありつつプラットフォーム企業でもある稀有な存在へ進化した。

バークシャー・ハザウェイは、保険、鉄道、エネルギー、製造、小売り、投資……多様な事業を束ねながら、顧客からの預かり金(フロート)を“複利資本”として回すことで永続性を獲得した、世界唯一の“複利OS”を持つ企業である。

――どう考えても共通点がない。しかし「企業OS」というレンズを通すと、この5社は一気に“同じ次元”に立ち上がってくる。


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ここが重要なポイントである。

5社は模範例ではない。むしろ、それぞれがOSの異なる側面を極端に表現している“象徴例”だ。

・ソフトバンクグループは「未来投資というOS」の象徴 ・アップルは「資本効率 × 美学 × プラットフォーム統合というOS」の象徴 ・エクソンモービルは「現実主義 × 長期資本構造というOS」の象徴 ・デルタ航空は「リスク制御 × 金融化というOS」の象徴

・バークシャー・ハザウェイは「複利 × 永続性というOS」の象徴

この“偏りの美しさ”こそ、5社を選んだ最大の意味である。

7.日本企業への問題提起

いま変えるべきは事業ではない。企業OSそのものである。日本企業が苦しんでいる本質的理由は、テクノロジーでも、DXでも、マーケティングでもない。企業OSが古いままだからだ。

資本配分は守りに傾き、ROICで事業を評価せず、FCFを“未来の燃料”ではなく“残余”と捉え、B/Sは経営の中心に置かれず、リスクを避けようとして機会を逃し、Storyと資本が一致せず、再発明の仕組みが組み込まれていない。

これでは、いくらアプリ(戦略)を変えても成果は出ない。

5社が教えてくれるのは、“企業はOSを変えれば再び成長できる”という極めて本質的な真実である。

ソフトバンクグループは事業会社からAI企業群へ変わった。

アップルはコンピュータメーカーから体験OS企業へ変わった。

エクソンモービルは石油会社から低炭素インフラ企業へ変わりつつある。

デルタ航空は航空会社から旅OS企業へ変わった。

バークシャー・ハザウェイは複利資本OSを持つ永続企業に変わった。

企業OSとは、事業や戦略以上に本質的な“企業の正体”である。

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「極端な5社」を徹底解剖する

第2章:ソフトバンク、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイ――5社の「企業OS」を深層から読み解く

第1章で述べたとおり、企業の強さは事業だけでは決まらない。製品やサービスは企業の“アプリケーション”にすぎず、企業を本当に動かしているのは「OS」という深層構造である。

ここからは、ソフトバンクグループ、アップル、エクソンモービル、デルタ航空、バークシャー・ハザウェイ――この5社の企業OSを、一社ごとに徹底的に解剖していく。

重要なのは、これら5社は“典型的な模範例”ではなく、“OSの異なる側面を極端に体現した象徴例である”という視点だ。

だからこそ、5社を総合すると、企業OSの全体像が立体的に浮かび上がる。


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企業OSとは、企業の中枢で「どのように意思決定し、どのように未来へ適応し、どのように資本を動かし、どのように危機を吸収するか」を決めている深層的な仕組みである。

事業はOSの上で動く“アプリケーション”にすぎない。だから、どれだけアプリ(新事業)を追加しても、OSが古いままなら必ず衰退する。これが、日本企業が“戦略は正しいのに変われない”最大の理由だ。

3.「5社の企業OS」に共通する「資本金格」という核――企業は“何をしているか”ではなく“何を信じ、どのように資本を使うか”で分かれる

企業OSの核には“資本金格(Capital Personality)”がある。企業は、最終的に「資本をどう置くか」で、その人格が決まる。

この5社の資本金格は、実に鮮やかである。

・ソフトバンクグループ:“未来への焦燥” ・アップル:“完璧さの美学” ・エクソンモービル:“現実への敬意” ・デルタ航空:“生存の本能”

・バークシャー・ハザウェイ:“信頼の複利”

これらはスローガンでも理念でもない。資本配分、リスク設計、技術投資、組織の動きの“深層コード”として企業OSに刻まれている。

そして、それぞれの人格が「ファイナンス思考7体系」と「テクノロジー戦略3体系」を通じて企業を動かしている。

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4.ファイナンス思考7体系が「企業OSの骨格」をつくる

企業OSを構成する最も重要なものは、“資本の使い方”だ。これは単なる投資判断や財務指標の話ではなく、企業の存在を根本から規定する。

7つの体系とは――

① 資本配分(どの未来に賭けるか) ② ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率、資本をどれだけ効率的に働かせるか) ③ FCF(Free Cash Flow:フリーキャッシュフロー、未来投資のための自由) ④ B/S構造(Balance Sheet:貸借対照表、企業の持久力) ⑤ リスク設計(危機をどう価値化するか) ⑥ Story Finance(語る未来と資本配分の一致)

⑦ 永続構造(再発明と複利)

5社はこの7項目を、それぞれ違う角度で極端に体現している。だからこそ、7体系を“立体的”に理解するための教材になる。

5.テクノロジー戦略3体系が「企業OSの筋肉」をつくる

資本OSを動かすのは、テクノロジーOSである。

① Dynamic Capabilities【ダイナミック・ケーパビリティ、Sense(察知) ― Seize(獲得) ― Transform(再構成)】:環境変化を察知し、機会を掴み、組織を再構成して競争優位を保ち続ける企業の力 ② Platform Strategy【プラットフォーム設計】:参加者同士の価値交換を促す場を設計し、ネットワーク効果で事業を拡大する戦略

③ Innovation Ambition【Core(コア領域)/Adjacent(隣接領域)/Transform(変革型・破壊的領域)の資本配分】:企業がコア・隣接・変革の3領域にどのように技術投資を配分するかを定める戦略指針

ソフトバンクグループはAI群戦略、

アップルは垂直統合プラットフォーム、

エクソンモービルは科学技術のフルスタック、

デルタ航空は旅OS、

バークシャー・ハザウェイは必要技術の精密なSense。

事業はそれぞれ違うのに、OSの設計思想は共通しているという点が驚くべきポイントだ。


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ソフトバンクグループという企業を正確に理解するには、「通信会社」を保有する会社でも「投資会社」でも「AI企業」でもないという前提が必要だ。ソフトバンクグループは、常に“未来”とだけ向き合ってきた企業であり、その未来への焦燥感こそが企業OSの原動力になっている。

ソフトバンクグループの歴史は、未来の“上流”を取りに行く挑戦の連続だった。PCソフト流通、インターネット企業への投資、携帯事業参入、そして2020年代からはAI・半導体・データセンター・ロボティクスへ。その行動原理はいつも同じだ。「未来を支配したいなら、その未来を先に買いに行くしかない」。

未来への焦燥は、資本配分にもそのまま表れる。ソフトバンクグループは、世界のどの企業よりも大胆に、未来の産業の“支配階層”へ資本を集中させる。半導体、AIスタートアップ群、分散コンピューティング、ロボティクス、そしてSoftbank Vision Funds(ソフトバンク・ビジョン・ファンド、SVFs)による全世界規模のテクノロジー投資。

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世界的に見ても珍しい「独自の構造」

通信事業が生むキャッシュフローは、そのまま「未来投資の燃料」に変換される。企業の“守り”ではなく、未来を買うための“弾薬”として扱われるのである。

この哲学はテクノロジーOSにも刻み込まれている。ソフトバンクグループほど、Sense(未来察知)の感度が高い企業は世界にも稀である。AIが世界のあらゆる産業の構造を書き換えると見抜いたとき、同社はその直感をSeize(獲得)につなげるために兆円規模の投資を実行し、企業全体をTransform(再構成)する。企業そのものを未来に合わせて“再起動”する能力こそ、ソフトバンクグループOSの本質だ。

ソフトバンクグループは永続企業のように「安定性」を目指さない。その代わり、変化し続けられる再構成型の永続性を持っている。何度でも事業構造を変え、投資ポートフォリオを変え、未来に向けてアップデートし続ける。ソフトバンクグループは、未来への焦燥を“資本OS”に変換し、企業を前へ押し出す稀有な存在である。

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