選択的夫婦別姓で、地方議会にも圧力をかけてきた高市早苗さん。「旧姓使用でも困らない」のに夫が高市姓になったのはなぜですか?
高市早苗議員が自民党総裁に選出されました。「#変われ自民党」というキャッチコピーも空しく、今回の総裁選は「変われない自民党」という印象を強く残しました。
その中でも選択的夫婦別姓に関しては、高市氏はただ反対というだけではありません。
当事者の口をふさごうと積極的に行動してきました。2025年1月、福岡の講演会では「これ(選択的夫婦別姓)に賛成することは、私の人格を全否定されること」と宣言し、聴衆の拍手を浴びていたと参加者は伝えています。
2021年、私たちが取り組む地方議会での選択的夫婦別姓推進の意見書の可決が増えてくると、高市早苗議員事務所から42都道府県の地方議会議長(当時)あてに、ある文書が送付されました。
国会議員50名連名で「同制度導入に賛同する意見書を可決しないよう求める文書」。しかもここに当時男女共同参画担当大臣であった丸川珠代氏もサインしていたことから、海外メディアにも報じられるほど問題になりました。
国会議員50名によるこの「文書」は、立法不作為の改善を求める国民の声を届かないよう遮断するものであり、国会議員が水面下で地方議会に圧力をかけたことに等しいものです。
国民主権の国であってはならない暴挙だと私は感じ、団体として50人全員に公開質問状を出しましたが、高市氏を含め、正面から質問に答えた議員はいませんでした。
2021年12月、私たちは主要8党を巡回した「旧姓の通称使用の限界とトラブル事例」勉強会を、高市氏が代表代行を務める「婚姻前の氏の通称使用拡大・周知を促進する議連連盟」でも開催してもらえるよう申し入れました。「女性活躍のために旧姓使用の推進を」という議連の主張が本当なら、当事者の意見には耳を傾けるはずです。
すると2カ月後の2022年2月16日、以下のように議連から「お断り」が来ました。
これまで「旧姓使用で生活上の不便が解消する」ことを理由に、選択制の導入を強く阻んできたはずの議連が、まさにその旧姓使用で困っている当事者の声は直接聞きもせず、逆に私たちを「思想・信条、価値観の多様性を認めない」と批判してきたのです。
これには戸惑いました。高市氏らはまるで「互いに法的氏名を尊重し合いたい人たちを婚姻制度から排除する自分たちの不寛容は、多様性として認められるべきもの」と主張をしているようです。
国民の間で「価値観が多様」だからこそ、選択制でそれぞれの信条を認めあえる法改正が必要なのです。
議連の回答は、日本国憲法13条に定められた個人の尊重を無視した、全体主義的な彼らの「思想・信条」を示すものでした。立法府の議員として、批判を受けるのは当然ではないでしょうか。
その後も高市氏は法改正に賛同しないよう地方議会での勉強会に力を入れ、極右チャンネルの「虎ノ門ニュース」や、日本会議の会報誌「日本の息吹」などで、改姓に苦しむ私たちの声を「誤った情報提供」と決めつける発信を繰り返しました。
虚偽の投稿で野党批判を繰り返していたX(旧ツイッター)の匿名アカウント「Dappi」(野党議員への名誉毀損裁判で敗訴が確定し、アカウント削除)がそんな高市氏発言の一つを切り抜き動画にしてアップすると、ネットの誹謗中傷に火がつき、私は一斉に「嘘つき」「戸籍を廃止しようと目論む工作員」と罵倒され、個人情報を晒される対象に変わりました。
政治家であってもプライベートは全くの自由です。しかし高市氏は自身の経験を引き合いに「旧姓使用で困ることはない」と断言してきた上に、一度改姓した人が元の名字に戻す「復氏」さえ批判していました。
高市氏は政治家になる前に「高市早苗」としてキャスターなどとして活動、2004年に山本拓衆院議員と結婚した後も、旧姓のまま政治家を続けてきました。
2010年4月30日の高市氏公式ブログによれば、山本早苗が高市早苗に戻した場合、
・「会員や取引先に郵便物を送らなければならない団体や企業は、顧客とのトラブルによって利益を失う」
・「国会議員の後援会名簿の修正についても、気が遠くなるような作業が想定される」
・「祖先祭祀にも影響が生じる」「私は、福井県鯖江市に所在する『山本家先祖代々の墓』に入れてもらえる予定ですが、戸籍上も山本という氏を捨てることとなれば、息子や娘に、別途『高市早苗の墓』を建立してもらう必要が生じる」
と主張しています。しかし実態は、政治家としてのこれまでの発言と矛盾する事態が起こっていました。
週刊文春 2022年5月5日の報道によれば、高市氏は一度離婚し、自身の資金管理団体「新時代政策研究会」の代表者を「山本早苗」から「高市早苗」に変更。その後、2021年の総裁選出馬後に元夫の山本氏と再婚したとされています。
この時、山本氏が高市姓に変えたことを義理の息子の山本建・福井県議も知らず、文春の記者に取材を受けた際、初めて「父に今電話したところ、高市拓になったそうです」と語っていました。
「選択的夫婦別姓は“強制的親子別姓”になりかねない」と批判としていた高市氏が、親族関係に戻った息子に何の連絡もなく、別姓親子になっていたというのは意外です。
「家族一体となった氏は残したい」のではなかったのでしょうか。主張していた山本“家”の氏や墓の継承問題、そして膨大なトラブルは果たして起こったのでしょうか。
高市氏はこういった言行不一致を追及されることを避けたかったのか、最初に報じた週刊新潮に、「くだらない記事が出て、全国からお祝いでも届いたら、(記事の)情報提供者を訴えたいくらいです」と脅すような発言をしています。
初婚時、高市氏は夫の山本氏に「自ら家の外で通称を使ってみて、免許証や健康保険証以外にも不便な点はないかよく検証して、法案内容をもっと充実させろよ」と言われて旧姓使用を始めたとブログに記しています。
2017年離婚で「戸籍姓・高市」を取り戻し、2021年再婚時の姓は「じゃんけんで決めた」とネット番組に語っていますが、お相手が今度は改姓して2度目の総裁選に出馬したのは、実際に“検証”した結果、旧姓使用の不便に耐えられなくなった可能性はないのでしょうか。
まず単身では配偶者外交という面での機会損失が生じます。実際、総裁選後に山本氏を「ファーストジェントルマン」と称する記事が多く出されていることを見れば、総裁選出馬を支えてくれたという山本氏と婚姻関係に戻った方が、心強かったのではないでしょうか。
次に、首相となれば法的氏名で署名しなければならない場面が格段に増えます。
外務省が認めているように、旧姓使用は国際規格から逸脱しており、ビザや航空券を取ることもできません。海外では「法的根拠のない旧姓を使いたい」は、ほぼ理解も了承もされません。
つまりもし旧姓使用なら、「高市早苗首相」として認知されている人が、外交文書や条約などの署名では「山本早苗」と書き分けざるを得ず、日本の法律の不備を説明して回らねばならなくなります。これは避けたい事態ではないでしょうか。
夫の山本氏は2024年の衆院選では、福井2区で落選。2025年に入ってから、脳梗塞を発症して右半身に麻痺が残り、高市氏が介護していると伝えられています。
法的に親族関係が証明できない事実婚の場合では、介護や医療の手配、配偶者として同意書へのサインができないこともあります。
慶應大・阪井裕一郎准教授と一般社団法人あすにはの合同調査では、事実婚の困りごとの第2位がまさに、「配偶者として医療行為への同意ができない可能性がある」でした。
同調査では、高市氏らに阻まれてきた選択的夫婦別姓の導入を願い、事実婚のままで待つ人は、20〜50代だけでも約58.7万人いると推計されています。
高市氏本人が法律婚の妻なら、医療同意や公的サービスの申請は問題なくできるでしょう。しかし私がここで懸念するのが、尊厳の問題です。戸籍姓以外はほぼ認められない医療現場で、夫の山本氏は「高市拓さん」と呼ばれ続けることになります。
私自身、出産で入院し、具合が悪い時に自分ではない名字で呼ばれることがこんなに苦痛なのかと驚きました。通院や入院のたびに「60代後半で変えた氏名」で呼ばれ続けている日々を、山本氏は今、どのように感じているでしょうか。
繰り返しますが、誰であれ私生活は自由です。しかし高市氏は長年、自らの旧姓使用を理由に「生活上困らない」、復氏も「誰にも迷惑はかけないは嘘」として、選択的夫婦別姓導入を阻止してきました。
この経緯を見れば、「旧姓使用でも首相になれる」と証明することが、政治家として一貫した態度なのではないでしょうか。
選挙の前後は、夫婦同姓・非改姓を選べる制度について、多くのデマ、不正確な情報がまかれています。高市発言も実は複数回、ファクトチェックの対象になりました。
高市氏「選択的夫婦別氏を実現するとおっしゃっていた候補予定者の中に、(旧姓では)不動産登記ができないと答えておられた方がいたが、不動産登記できます。今年の4月から旧氏でできるようになっております」↓ 旧姓の「併記」と「旧姓で用が足せる」こととは全く別の話です。改姓した人は登記変更を余儀なくされる上、旧姓併記には既婚者・配偶者の名字を晒すデメリットしかなく、「本来氏名を名義変更不要でそのまま名乗り続けたい」という当事者ニーズに合致していません。
「旧姓は「登記名義人の氏名を補足する事項」との位置づけで、旧姓のみでの登記はできない」「不動産登記の場合、2026年4月から所有者の氏名や住所に変更があった場合、2年以内に届け出ることが義務化される。違反した場合は5万円以下の科料に処される。95%の夫婦で女性が改姓しているため、女性がより多くのリスクを負いかねない。旧姓を併記しても、既婚だといった個人情報を開示することにもつながる」
高市氏「なんとしても夫婦別姓をと運動している方々、政治家も含めて聞こえるのは戸籍制度をなくしちゃえばいいという声です」
高市氏「そもそも 戸籍制度を廃止すべきだという声は昔から根強い」「戸籍制度の廃止とか個人籍への変更っていうのが、もしかしたら最終的に目指しておられる方向性なのかもしれません」↓選択的夫婦別姓は戸籍制度が前提であり、法改正の希望者は戸籍に親族関係を記録されることを求めています。その当事者があたかも戸籍廃止論者であるかのように語るのは明確な誤りです。
日本ファクトチェックセンターの2025年5月25日記事では、「選択的夫婦別姓が実現すると戸籍制度が崩壊するという主張は誤り。選択的夫婦別姓が実現しても、国籍や家族関係を公的に証明する戸籍の機能が変わるわけではありません」と根拠を添えて証明しています。
また高市氏は「生まれたばかりの子の氏を争って親族争いが起こる」も反対理由の一つに掲げてきましたが、現在「結婚時に決めておく」法案しか出されていません。子の氏を決めるタイミングは現行法と同じ「結婚時」ですので、この主張もあたりません。
もう一つの反対理由、「子どもの氏の安定性が損なわれる」も、子連れ結婚や離婚、さらに2026年に施行される離婚後共同親権も、子の改姓、親子別姓を生む要因となり得るので、これらも揃って禁止しなければ矛盾します。
今回の総裁選で高市氏は、高校生に同性婚への考えを聞かれ、「同性婚には反対。でも同性パートナーはいいと思いますよ」と答えました。「同じ権利などやらないが、存在することは認めてやってもいい」と言っているかのような尊大な回答に、当事者から反発の声が上がっています。
「外国人による鹿への暴行」や「通訳不足で外国人が不起訴」など、排外主義を煽る主張をしてみたものの、根拠が乏しいことを指摘されて苦しい弁明も続けています。
「政治とカネ」事件では、政治資金オンブズマン代表・上脇博之教授から、2022年秋以降、7件も刑事告発されています。2023年の放送法をめぐる問題で、部下の総務官僚の大臣レク記録を「捏造(ねつぞう)」と断じ、捏造でなければ議員辞職すると啖呵を切った問題も未解決です。
高市氏が首相となれば、秋の臨時国会は、まずこういった発言への追及で多くの質疑時間が割かれると予想されます。
そのぶん政策の議論は進みが遅くなりますが、自身の過去に正面から向き合い、精算せざるを得なくなる、その点はメリットでしょう。
逃げも隠れもできない国会議事録に残る「首相答弁」として、今後どう答えていくのか、注目しています。