高市首相答弁は「中国主席に石を投げたようなもの」◇台湾有事なら邦人救出も困難に 山崎拓氏に聞く存立危機事態の可能性

会員限定記事

 台湾有事を巡る高市早苗首相の国会答弁に中国が猛反発し、日中関係は悪化する一方だ。台湾有事の際、自衛隊が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得るとした首相の答弁について、中国は発言撤回を強硬に要求しているが、首相は応じない構え。事態打開のめどは立たない。かつて「防衛族のドン」と称された自民党元副総裁の山崎拓氏に日中関係の展望や台湾有事の可能性などを聞いた。(聞き手=時事通信解説委員・村田純一)

「台湾有事は日本有事」?

―高市首相の国会答弁に対し中国が猛反発しているが、日中関係の現状をどう見ているか。

山崎拓氏 日中両国は思いがけなく緊張関係が続く事態に入ってしまった。中国の習近平国家主席に対し、高市首相が突然、石を投げたようなものだ。中国にけんかを売る形になってしまった。事態が収拾すればいいが、高市首相の台湾有事を巡る発言は中国を激怒させる結果になった。 日本は本来、台湾有事を阻止するよう外交努力をしなければならない。ところが、かつて安倍晋三元首相は「台湾有事は日本有事だ」と発言し、自民党の麻生太郎副総裁や高市首相も同様の発言をした。だから、もともと中国は高市氏を非常に警戒していた。 中国・習近平政権は台湾統一を「核心的利益中の核心」と称している。最も大事な政治課題だ。それを高市首相の発言は簡単に蹴飛ばしてしまった。

 そもそも、存立危機事態の対処とは、自衛隊の集団的自衛権行使の問題だ。高市首相は存立危機事態の解釈を間違えているのではないか。もともと集団的自衛権の行使は認めていなかったが、2014年に安倍政権が閣議決定で無理やり憲法解釈を変えて認めることにした。

山崎氏 存立危機事態とは、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」だ。 台湾有事が発生すれば、台湾にいる日本人が危険にさらされる。そのことを多くの人が情緒的に考えてしまうが、この場合、存立危機事態とは、わが国全体の安全保障上の危機のことを言う。正確に把握しなければならない。 台湾有事とは、台湾統一のための中国の武力行使である。高市首相は邦人救出が最優先と国会で答弁したが、中国が日本人だけを選んで攻撃することはない。台湾有事になれば、邦人救出の方法は難しい。 民間機は戦闘中の危険な地域を飛ぶわけにはいかない。海上自衛隊にしても航空自衛隊にしても、救出に向かえば、中国は、中国に対する武力攻撃と見なして攻撃してくるだろう。日本が「邦人だけを救出に来た」と言っても、話は全然通じない。台湾も自衛隊機を受け入れないだろう。韓国もそうだ。かつての侵略国・日本の自衛隊機は受け入れられないと、日頃、双方は言っている。 石破政権では、2027年までの台湾有事を阻止することも大きな目標だった。台湾有事の発生は、第3次世界大戦の発生につながることになるかもしれない。 台湾有事が発生すれば、米軍が在日米軍基地から出動した場合に初めて、わが国が存立危機事態になる可能性がある。ここが最も大事なところだ。 存立危機事態とは、「わが国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生してからの話だ。密殺な関係にある他国とは、具体的には米国にほかならない。台湾のことではない。台湾は日本にとっては「国」ではなく、中国の一部になって、日中共同声明(1972年)でもそう認めている。日本と台湾は国交がない。

 日本が戦争に敗れたのは、蒋介石の中華民国だったが、1949年に中華人民共和国が成立し、(71年に)国連に入った。その後、中華民国(台湾)は国連を脱退した。日本は72年の日中国交正常化に伴い、台湾とは断交せざるを得なかった。

 存立危機事態になり得るケースとは

―高市首相の国会答弁は、あいまいにしていた存立危機事態について、踏み込み過ぎたと指摘されるが。

山崎氏 存立危機事態という言葉は安倍政権まで、法律用語として使われたことがなかった。初めて安倍政権が使ったが、「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」という文章を作成したのは、高村正彦(自民党元副総裁)さんだと思う。日本と密接な関係にある他国(米国)への武力攻撃によって、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるという事態は、まずにあり得ないし、起こらないはずだ。「国民の生命、自由および幸福追求の権利」というのは憲法13条の条文そのものだ。 高市首相が述べた「存立危機事態になり得るケース」とは、米軍の出動が前提でなければあり得ない。中国が海上封鎖して軍艦を海に並べ、米軍機が嘉手納、普天間、岩国といった基地から飛んできた場合の話だ。米軍が出動するかどうかが最大のポイントだ。だが、台湾有事の際、トランプ政権は米軍を出動させないのではないかという見方もある。 米軍機が日本の基地から飛び立てば、中国は日本にある米軍基地に対してミサイルを撃ってくるだろう。その場合、日本にとっては存立危機事態となり、個別的自衛権および集団的自衛権の両方を発動して、日本を防衛することになる。中国は、高市首相の発言について、「台湾有事が発生すれば直ちに自衛隊が出動すると言った」と判断したのではないか。 高市首相は「強い経済、強い外交・安全保障」の実現を目指すと言っている。中国にとっては、日本の強い経済は歓迎するが、強い安保で台湾に介入しようというのは許し難い考え方だ。

 いずれにしても、今回、中国は因縁をつけてきた。要するに、台湾統一は習近平政権の最大の政治目標だ。4期目を狙うに当たり、台湾に軍事行動を起こす可能性は高い。米中が戦えば、日本はその戦争に巻き込まれ、存立危機事態に発展する可能性がある。 

「出口は見えない」

―米国は台湾有事が発生すれば動くか。

山崎氏 どうかな。どう出るかは何とも言えない。トランプ政権が台湾を見捨てるかどうかは分からないが、ウクライナへの対応を見れば心配だ。中国もロシアも北朝鮮も、トランプ政権のウクライナへの対応を見ている。中国は、トランプ政権がウクライナを見捨てると見れば、「トランプ政権の間に、台湾への武力行使に踏み切ろう」と考えるかもしれない。

 ―日中関係改善のためにどうすべきか。出口はあるか。

山崎氏 中国は今のところ、高市政権に厳しく向かって来ている。出口は見えない。

 (注)日中共同声明の台湾関係部分は以下の通り。 中華人民共和国は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

  (インタビューは2025年11月27日に行いました)

中国「対日軍事行動も」◇台湾問題で全面対決姿勢【中国ウオッチ】【詳報】台湾有事と存立危機事態を巡るやりとり(2025年11月7日)台湾問題・日中関係の最新ニュース

関連記事: