【コラム】「動かぬトランプ」に賭け、米株並みの勝算-オブライエン

トランプ米大統領は「情報の洪水」を起こすことが得意だ。演説や大統領令、SNS投稿、徹底したメディア露出、そして計算されたものから衝動的、挑発的な発言に至るまで様々な手段で人々を圧倒する。

  それが意図的であれ偶発的であれ、トランプ氏のこうした行動は必然的に波紋を広げる。その結果、例えば大統領権限の急拡大といったトランプ氏の核心的な目標が明白であっても、全体像を把握しきれず世界は不確実性の波にのみ込まれる。

  では、世界で最も影響力の大きい人物が、同時に「混乱に陥れるプロ」であるという現実に直面した市民は果たして何をすべきか。答えは深呼吸すること。注意を払い続けつつも深呼吸する。忍耐は美徳だ。

  実のところ、トランプ氏が日々口にすることの大半は、ほとんど実行に移されていない。筆者らがこの仮説を検証するため予測市場のデータを分析したところ、データはこれを裏付けた。具体的には、トランプ氏が全く何もしないことに賭けた方がむしろ利益を得られることが分かった。その戦略なら100ドル当たり12ドルの純利益が得られた計算だ。

  賭けサイト「ポリマーケット」上で、トランプ氏が2期目就任日から9月30日までに直接開始した行動に関連する300件超の市場を分析した。対象は関税から閣僚の更迭、大統領令の署名まで多岐にわたる。ゴルフの結果やイーロン・マスク氏のホワイトハウス勤務期間にまで賭けが行われていた。各市場が開設された時点で、これらの事象が期限内に起きる確率は平均34%と見積もられていたが、実際には28%にとどまった。

  熟練の予測者ならこの誤差を突く複雑な賭け戦略を考案できたかもしれないが、単純なルールでも利益は得られた。つまり、常に「ノー」に賭けること。トランプ氏が行動を起こさないことに賭ければ12%のリターンが得られた計算で、これは同時期のS&P500種株価指数の上昇率にほぼ匹敵する。半面、一貫して「イエス」に賭けていれば、資金の20%を失っていた可能性がある。(これはあくまでデータ共有しているだけで、投資助言を提供するものではない)

  予測市場は群衆の知恵を活用し、事象発生確率に関してより信頼性の高い手掛かりを提供することを標榜する。2024年の米大統領選では取引が急増し、最終的にフランス人投資家がトランプ氏の勝利に賭けて8500万ドル(約127億9400万円)以上の利益を手にした。しかし分析の結果、群衆は政治的事象、特に大統領の行動について予測する場合、その確率を過大評価する傾向があることも明らかになった。

  トランプは79年の生涯の大半において、メディアに熱心に取り入りながら、戯言を繰り返してきた。その多くは自己誇示欲か自己保身から来たものだ。財界やエンターテインメント業界での経歴、あるいは常に話題の人物としてのトランプ氏の活動を見てきた人なら、そのパターンがホワイトハウスでも続くことを予見できただろう。彼は口先だけで、必ずしても行動が伴うわけではなかった。その現実を踏まえれば、心理的な余裕が生まれそうだ。賭けをする人には少しの利益をもたらすかもしれない。

  6月以降「動かぬトランプ」に賭け始めた場合、リターンはさらに改善し19%に上った。これは、予測市場の参加者が依然としてトランプ氏の有言実行の確率について過大評価していることを示唆している。

  個人的な偏見や根拠のない楽観に依存しすぎる傾向は、あらゆる投資家に起こり得る。それは賭けをする人にとっても同様の落とし穴だ。筆者らはトランプ氏関連の市場を5つに分類して分析したが、いずれの分野でも、ポリマーケット利用者が当初設定した確率は実際の発生率を上回っていた。つまり、トランプ氏の行動の頻度を過大評価することは、特定の政策領域に限らず共通していた。もっとも、関税・通商政策や国内政策に関して「ノー」に賭けていれば最も大きな利益が得られた。

  今回の分析では、開設から2週間以内に決着する短期的な市場は除外した。こうした市場は不確実性が少なく、予測精度が高いためだ。例えば、トランプ氏が金曜までに海兵隊をロサンゼルスの抗議デモに派遣するか、水曜までにケネディ元大統領の暗殺文書を公開するかといった93件の短期市場では、行動することに賭けた場合のリターンはマイナス3%、行動しない方に賭けた場合はマイナス13%だった。短期予測では市場が精緻に機能するため、利益を出しにくい。

  関税政策に関する分析では、新たな関税が導入・発効するかどうかに絞った。発表から発動までの間にトランプ氏が内容を薄める、あるいは撤回するといったケースを分析することによる統計的なノイズを避けるためだ。実際、トランプ氏が関税方針をたびたび後退させる傾向を指して、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のコラムニスト、ロバート・アームストロング氏は「TACO(トランプはいつも尻込みする)」の造語を考案した。

  とはいえ、2期目のトランプ氏が口先だけに終始しているわけではない。今月にはパレスチナ自治区ガザを巡るイスラエルとイスラム組織ハマスの停戦合意の仲介で主導的な役割を果たした。好きか嫌いかに関わらず、関税や移民政策は現実のものだ。司法制度や大統領権限の濫用も同様だ。

  一方で、トランプ氏の発言の細部に注意を払い続けることも重要だ。処理しきれないほどの情報に埋もれると、誰しも意識を遮断してしまう傾向がある。これは「認知的過負荷」と呼ばれる現象だ。

  トランプ氏は先頃、バージニア州のクアンティコ海兵隊基地で米軍幹部を前に演説。食の好みからノーベル平和賞への意欲、ジョー・バイデン氏の腐敗疑惑、国境警備への懸念に至るまであらゆる話題に及んだ。いずれもおなじみのテーマだが、集中力を切らした人は聞き逃したかもしれない。演説開始からおよそ44分後、トランプ氏は米国内の都市を軍の「訓練場」として活用することを提唱したのだ。賭け市場では、トランプ氏が軍を全米に展開する可能性についてまだ正面から取り上げていないが、州兵が次に派遣され得る都市を巡っては、すでに賭けが行われている。

  これは予測市場が極めて重要な出来事を測る有用な指標になり得ることを示している。今回分析した300件余りの市場のうち、トランプ氏が実際に行動を起こしたのは80回以上だった。その多くは、米国で生まれた子供に自動的に市民権を与える出生地主義の修正、敵性外国人法を根拠とする移民追放、大学への連邦資金の削減といった大統領権限の限界を試す、あるいは超越する決定を伴っていた。

  いずれにせよ、トランプ氏に関して、我々は本質的に予測不能で、かつ往々にして信頼がおけず、常に周囲を惑わせようと執着している人物に対処していることになる。そのため、金銭的にも精神的にも同氏が口にすることの大半は実行しないと見込んでおく方が得策だ。そうすることで、真に注目すべき発言に集中する心の余裕も生まれるだろう。

(ティモシー・オブライエン氏はブルームバーグ・オピニオンのシニアエグゼクティブエディター。米紙ニューヨーク・タイムズの元編集者・記者で、著書に「TrumpNation: The Art of Being the Donald」。今回はブルームバーグ・オピニオンのデータジャーナリスト、キャロリン・シルバーマン氏との共著。同氏はシカゴ大学犯罪研究所および教育研究所の元データサイエンティスト。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません。)

原題:Bets on Trump’s Inaction Match S&P Returns: Silverman & O’Brien(抜粋)

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