コラム:ディープシークがもたらし得る4つの可能性
[12日 ロイター] - 中国の新興企業ディープシークが対話型の生成人工知能(AI)の開発を通じて引き起こした市場の激震は短期間で終わったが、高性能かつ比較的安価な大規模言語モデルの導入は米中間の技術と貿易、経済関係に長期的な影響を与える可能性が高い。
以下では劇的な影響をもたらし得る4つの可能性を検討する。
1.下がり続けるAIのコスト
全てのイノベーションは基本的に、より低いコストでより多くを実現すること、つまり経済用語で言えば単価デフレだ。AI革命はその典型である。ディープシークの運用開始に先立ち、普及しているAIモデルのコストは過去2年間で既に年率換算で約80%低下していた
ディープシークはこの傾向を加速させたに過ぎない。
ディープシークと、市場をリードする米オープンAIの利用コストに30倍という差が生じているのは、ディープシークによるアルゴリズムの改良と、後者のより積極的な価格戦略を反映している。AIの研究が進み、より多くの競合相手が参入するにつれ、このデフレ傾向は続くはずだ。
Chart depicting token prices of leading AI models in US$ per million2.より大きく、切り口も変わるAIの経済のパイ
より効率的になるにつれて資源に対する需要は増大するという考え方の「ジェボンズの逆説」に従うと、AIがより安価でより身近な存在になるのに伴い、利用は大幅に広がるはずだ。
基礎のモデルが汎用化するのに伴い、価値創造はアプリケーションへとシフトする。すなわちより多くのリソースが訓練ではなく推論に、つまり特定のタスク向けのAI開発に割かれることになる。
これは訓練に特に適した標準画像処理装置(GPU)とは対照的に、アプリケーションの固有のタスクをより効率的に実行するように設計されたカスタムXPUの需要が高まることを意味する。
AI向け半導体のリーダーとなっている米エヌビディアは、このシフトが既に始まっている可能性を示唆している。同社は推論に関連した需要は訓練より急速に伸びており、推論関連の需要が総需要の40%を占めていると紹介した。
AIの用途が広がるにつれ、AIの研究に携わる機会は資金力のある企業だけに限られなくなり、学術界などの多くの分野にまたがる広範なイノベーションの扉が開かれる可能性が高い。一例としてディープシークのR―1モデルは、既にそのアーキテクチャーに基づく何千もの新しいオープンソースモデルを生み出している。
3.慎重な再評価が必要となる米国の半導体輸出規制
ディープシークの躍進は、米国の同業他社よりもはるかに少なく、性能面で劣る半導体を使って達成されたものであり、イノベーションがいかに制約から生まれるのかを実証している。
そのため、米国の半導体輸出規制が短期的にはディープシークや中国の同業他社に制約を与える可能性があるとしても、こうした制約が彼らの進歩を止めることはないだろう。また、こうした措置によって米国の技術が中国市場から引き離され、場合によっては永久に取り残される危険性がある。
また、対中貿易収支の構造的問題への対処を最優先とするトランプ米政権にとって、輸出規制は逆効果に思える。ある中国の閣僚は「もしもわが国が米国から買いたいのに、彼らが輸出を規制しているとしたら、どうやって米国の貿易赤字を減らすことができるのか」と明言した。
確かに米国の政治家は与野党ともに近年、中国に対する規制を緩和するのではなく、強化するように求めている。
したがって、半導体輸出規制を調整するという決定は米中経済関係の転換点を示しており、決して軽んじられるものではないだろう。
とはいえ、現行の半導体輸出規制の長所と短所はよりバランスが取れてきており、慎重な再評価に値する。
4.一致する米中ITリーダーの利害
ディープシークの画期的なオープンソースアプローチは当初、米投資家らの怒りを買ったものの、米IT分野のリーダーらの多くは開発を歓迎した。
米マイクロソフトやアマゾン・ドット・コム、米国とフランスに拠点に置く新興企業ハギングフェイスなどが展開するクラウドプラットフォームは、既にディープシークのR―1をベースにしたさまざまなモデルを統合している。これらの企業のリーダーの多くは、より安価な大規模言語モデルの開発により、自社のクラウドサービスの需要が喚起されて収益源が強化されるはずだと指摘している。
さらに先を見据えると、企業はその起源にかかわらず、より広範なAIアプリケーションによる生産性向上とコスト削減によって大きな恩恵を受ける立場にある。他国に比べて賃金水準が高く、科学技術の発展に貢献できる人材の供給不足が続いている米国では特にそうだ。
歴史的な類似例としては、1980年代の日米間の自動車産業を巡る摩擦を挙げることができる。日本の自動車メーカーは革新的な生産管理手法の「リーン生産」方式を米国に段階的に導入し、米国の自動車産業の生産性を大幅に向上させた。
とりわけ産業界が世界を変える可能性を秘めたAIを追求する中で、AI分野で世界をリードする米中両国の協力は巨大なチャンスをもたらす。しかし、貿易、技術、その他の問題に関して米中間で緊張が続いていることは、技術の展望を分断することによって進歩を妨げるリスクがある。
これが技術で協力する新たな時代の始まりなのか、それとも世界的な競争が激化する時代なのかは不透明だが、いずれにしてもディープシークはAIの時代で物事がいかに急速に変化しうるか、そして変化する可能性が高いことを想起させる。
(筆者はフィデリティ・インターナショナルのポートフォリオマネジャーです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。