認知症から「逃げおおせた人」はこの能力が高かった…晩年をイキイキ過ごして天寿を全うする人の共通点 678人のシスターを対象にした「ナン・スタディ」が明らかにしたこと
認知症を発症せずに晩年をイキイキ過ごすことはできるのか。理化学研究所ロボット工学博士で認知症予防研究者の大武美保子さんは「認知症の原因疾患を患ったとしても、症状が表に出る前に天寿を全うできることがあることが、修道女を対象にした研究『ナン・スタディ』でわかっている」という――。
※本稿は、大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)の一部を再編集したものです。
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脳の神経細胞で起こる3つの変化
認知症になると、会話をはじめとする社会生活に必要な認知機能が衰えていきます。認知症の原因疾患の第1位であるアルツハイマー病は、脳の変化によって、身体的にも知的にもさまざまな能力が低下していきます。
脳の神経細胞の変化には3つあります。それぞれ神経細胞の①外部、②内部、③数、の変化です。
①の、神経細胞外部の変化として、アミロイドβという物質が、細胞よりも大きい塊の状態で、神経細胞の外に存在するようになります。これは、老人斑と呼ばれ、老人斑が多い状態になると、周囲の神経細胞同士のネットワークを邪魔します。
②の、神経細胞内部の変化としては、リン酸化タウと呼ばれる物質が、異常な線維として細胞内部に蓄積し、機能不全に陥ります。
③は、①と②の症状が進行すると、神経細胞内外に異常な物質が蓄積した状態となり、神経細胞が死滅し、神経細胞の数が減り、ひいては脳全体が萎縮します。
修道女を対象にした研究「ナン・スタディ」
しかし、これらの神経細胞の変化にもかかわらず、認知機能が保たれる場合があることが、修道女を対象にした研究(ナン・スタディ/NunStudy)で、彼女らの死後、脳を解剖することによって明らかになりました。
疫学研究者のデヴィッド・スノウドン博士が、1900年代半ばから後半にかけ、アメリカのノートルダム教育修道女会に所属するシスター678人の生前の生活歴や病歴と死後の脳の解剖学的な初見を対比し、認知症の原因疾患の第1位であるアルツハイマー病との関連を解明しました。スノウドン博士の研究は、脳と認知機能の間の新たな関係を明らかにするものとして注目を浴び、研究の軌跡と結果は、『100歳の美しい脳』(DHC)として書籍にまとめられています(2018年に普及版)。
ナン・スタディに参加した修道女は、身体機能と精神機能の標準的な検査を受けます。年に一度受けるシスターもいれば、数年おきに一度のシスターもいたようです。高齢になり病気を患った人、だんだんと認知機能が衰えていった人、それぞれに人生がありました。
修道女たちの死後、脳はホルマリン漬けで保存され、顕微鏡検査にかけられました。多くの修道女たちの献身によって、スノウドン博士ら研究者は、認知症を患うと脳にどのような変化が起こるのかを分析することができたのです。
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ナン・スタディでは、神経細胞同士の必要なつながりの数が0にならず「逃げおおせた人」とそれでない人を分ける重要なカギが、「言語能力」にあると示唆しています。
大武美保子『脳が長持ちする会話』(ウェッジ)
修道院には、修道女となる際、出家の決意についての作文を提出する決まりがあるそうです。修道女が修道院に入った当時の知的な初期状態を把握するため、ナン・スタディでは、その作文の言語的な特徴を分析し、後の認知症発症率との相関を調べました。
スノウドン博士の共同研究者である老年言語学者のスーザン・ケンパー博士によると、言語特徴量の中でも、意味密度という指標から推定される言語能力と、高齢期の認知症発症率の間には、相関関係がありました。
私も、共想法を中心とした会話による認知活動支援の研究を進める中で、その人が持つ会話の言語的な特徴が認知機能と関係することに注目してきました。そして、会話を軸に、「する」と良いことを確実に「する」工夫がどんどん具体的なアクションとして蓄積されてきました。そのノウハウを本書の3章でお伝えいたします。
・認知機能を保つ生活習慣があれば、認知症の原因疾患を患ったとしても症状が表に出る前に天寿を全うできることがある ・晩年をイキイキと過ごせる人の大きな特徴の一つが、言語能力の高さ
- 理化学研究所 革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 認知行動支援技術チーム チームリーダー。東京大学大学院博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院特任助手、助教授、准教授などを経て現職。祖母の認知症をきっかけに、会話支援AIによる認知行動支援技術の開発に従事。会話訓練法として編み出した「共想法」と会話支援ロボット「ぼのちゃん」を活用した認知症予防支援にも取り組む。