〈目撃〉深海クジラを狩る謎のシャチの群れ、空中に放り投げて狩られるコマッコウ(ナショナル ジオグラフィック日本版)
船がゆっくりとそこに近づくと、ホエールウオッチング船の乗客たちは水中に奇妙なものを見つけた。赤茶色の液体が雲のように20メートル以上も広がっている。数分後、シャチが小さなクジラを空中に放り投げ、クジラの体から赤黒い液体が噴き出す。シャチの群れ3頭のうち1頭が、もがくクジラを水中に押し込んだ。 【動画】深海クジラを狩る謎のシャチの群れ、レア映像 その後、1頭のシャチが獲物をくわえて船に近づいてきた。「そして、『私が捕まえたものを見て』と言っているかのように、私たちを見つめてきました」と、クジラやイルカの観察ツアーを主催するブルー・サファリ・マデイラの海洋生物学者カミラ・アレハンドラ・ダビラ・パルド氏は振り返る。「それが哺乳類だとは、一瞬たりとも思いませんでした」 その時点では、ダビラ・パルド氏は、大西洋北東部のポルトガル領マデイラ諸島沖でシャチが海洋哺乳類を狩る初めての事例を記録したかもしれないことに気づいていなかった。ダビラ・パルド氏らは、2025年11月30日付けで学術誌「Marine Mammal Science」でこの狩りを報告した。 論文によれば、この海域では、このような行動が記録された前例はない。ただし、シャチ(Orcinus orca)がマッコウクジラの近縁種コマッコウ(Kogia breviceps)を狩る事例としては、世界で4件目の記録だとダビラ・パルド氏は述べている。 この驚くべき目撃情報は単なるスペクタクルではない。シャチの複雑な捕食行動の新たな事例を科学者に示すと同時に、シャチがこの海域で絶滅のおそれのある海洋哺乳類を捕食することへの懸念をもたらしている。
「初めて写真を見たとき、『大変だ、血が出ている。すごく濃い色だ』と思いました」と語るのはクジラ保護団体CIRCEの海洋生物学者ルノー・デ・ステファニス氏だ。デ・ステファニス氏はこの研究に関与していない。 しかし、それは血ではなかった。コマッコウは脅威を感じると、自己防衛手段として赤みを帯びた腸液「綱火(つなび)」を噴出する。イカの墨のように、液体で身を隠して逃げ出すためだ。 「しかし、明らかに、シャチには通用しませんでした」とダビラ・パルド氏は言う。シャチは高度なエコーロケーション(反響定位)能力を持ち、「まるで軍用潜水艦に追跡されているようなものです」 コマッコウは岸から遠く離れた深海に暮らしているため、人間が目にすることはめったにない。 コマッコウは「通常、水深400メートル以上の沖合の生息地を好みます」と、クジラとイルカの保護団体WDCのキャンペーンコーディネーター、ロブ・ロット氏はメール取材に対し述べている。「頂点捕食者であるこのシャチたちは、協力し合って獲物を狩る戦略を発達させてきたので、コマッコウを効率的に狙うことができたのでしょう」 マデイラ諸島周辺では、シャチは年に数回しか姿を見せず、この海域の群れについてはあまり知られていない。アゾレス諸島やカナリア諸島では、シャチがクジラやイルカを狩る様子が記録されていたが、マデイラでこのような珍しい出来事が撮影されたことは、科学者にとって驚きだった。 ロット氏もデ・ステファニス氏も、過去にマデイラでシャチがコマッコウを狩った事例は把握していないという。