ヒトは死ぬようプログラムされているわけではない──ノーベル化学賞受賞の生物学者が語る

──老化の生物学で、未だ世間が深く誤解していることはありますか?

もちろん。永遠の命です。原理的に、わたしたちがいまよりもずっと長く生きることを阻む制約や規則はありません。でも、ものすごい長寿や「永遠の若さ」は依然として手の届かないものです。平均余命を大幅に伸ばすことにも少なからぬ障害があります。

そしてわたしたちは、「アンチ・エイジング」や「若返り」と称する似非科学とビジネスに注意しなければなりません。科学のように聞こえる言葉を使っていたとしても、多くが根拠のない概念で、明らかな証拠に支えられてはいません。残念なことに、わたしたちはみんな老化と死を恐れています。だから、老化と死を避けられると約束する言説に耳を貸してしまいがちなのです。

──映画『ヤング・フランケンシュタイン』で、学生がフランケンシュタイン教授に虫を使った実験について質問する有名なシーンがあります。教授は「ほとんど例外なく、虫は人間ではない」と答えます。でも『Why We Die』には「小さな虫が教えてくれること」という章があります。虫は何を教えてくれるのですか?

科学は常に、モデル生物を使って基礎的プロセスを研究してきました。イモムシやショウジョウバエ、酵母やバクテリアさえ対象になることがあります。もちろん、モデルがわたしたちに近いほど望ましい。だから、薬の最初の治験はネズミ、時にサルやチンパンジーを使って行われるのです。でも、イモムシのような生き物からも多くを学ぶことはできます。イモムシから知り得た多くのことは人間にも応用できます。ただ、すべての結果を直接、推定に使うことはできません。例えば、イモムシを長生きさせる突然変異と同じものが、人間には成長阻害のような深刻な問題を引き起こすことがわかっています。

──長生きしたいという人類の希望は、社会的・倫理的にどのような意味合いを持つと考えますか?

死の必然性を知って以来、人類は老化と死に打ち勝とうと切望してきました。しかし、個々人の願いが社会にとって望ましいとは限りません。出生率が低くて平均寿命が長い社会は世代交代が遅く、力強さと創造性を欠いて停滞します。4月14日に亡くなったペルー出身のノーベル文学賞受賞作家マリオ・バルガス=リョサが、最も的確に言い表しています。「老いがわたしたちを震え上がらせる一方で、不安を覚えたら、永遠に生きることがどれほど恐ろしいか思い起こすことが肝要だ。もし永遠が保証されていたならば、人生の喜びや幻想は消えてしまうだろう。そう考えると、より良く老年を生きる助けになるかもしれない」

(Originally published on wired.it and wired.com. Translated by Akiko Kusaoi, edited by Mamiko Nakano)

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