特殊作戦「パヴティナ(蜘蛛の巣)」の重要な本質は潜入破壊工作にあり、ドローンは手段の一つに過ぎない(JSF)
2025年6月1日、ウクライナ保安庁(SBU)は特殊作戦「パヴティナ(蜘蛛の巣)」でロシア深奥部に特殊破壊工作班を潜入させ、複数のロシア空軍基地に対して接近した位置から小型自爆ドローンを発進させて、多数の戦略爆撃機を破壊するという大戦果を上げました。
※約40機撃破はウクライナ側の初期報告であり、実際の戦果数は20機撃破・10機完全破壊というアメリカ側の推定がある。ただし破壊されたのは大型機ばかりなのでこの数でも大戦果と言える。
※A-50早期警戒機については不可動機だったという推定がある。またTu-160爆撃機の撃破は報告があるも視覚的には確認できていない。
潜入が凄いのであり、ドローンだから凄いのではない
この「パヴティナ(蜘蛛の巣)」作戦はドローン攻撃だったので、作戦が成功したのはドローンだからと大きく評価する向きがありますが、それは違うと考えます。この作戦の本質は潜入破壊工作にあり、敵国深奥部に潜入できたことが作戦成功の最大要因でした。ドローンは攻撃手段の一つに過ぎず、他の攻撃手段でも同等以上の戦果を上げることは可能です。
パヴティナ作戦はドローンを搭載したトラックが目標の各基地までわずか6キロメートルにまで潜入しているので、攻撃手段は迫撃砲や多連装ロケットでも構わなかったと思います。例えば小型多連装ロケット発射機に目標自動識別機能を持つ知能化弾頭を積んだ誘導ロケット弾を組み合わせれば、斉射によって敵基地に駐機された複数の航空機に大損害を与えることが可能だったでしょう。複数の発射機で攻撃できるなら無誘導ロケット弾でクラスター弾をバラ撒くだけでも効果的です。
前例:基地に直接潜入して火を着けてくる破壊工作
潜入破壊工作の攻撃手段はドローンに限りません。極端な話をすると人が直接潜入して機体に火を着けて帰ってきてもいいのです。冗談のようにも聞こえますが、実はウクライナ特務はこの手の作戦を何度もやって来ました。
- 2025年7月26日:ロシアのアルマヴィル基地でSu-27UBを焼く:出典GUR ※Su-27UBは練習用の複座戦闘機
- 2025年4月24日:ロシアのロストフ・ナ・ドヌ中央基地でSu-30SMを焼く:出典GUR ※実際にはSu-30SM戦闘機ではなく、機体番号35はSu-27Pの用廃機
これはGUR(ウクライナ国防省情報総局)によるロシア空軍基地に対する潜入破壊工作の直近の2例です。基地内に侵入した証拠の動画までUPされています。なお過去には他にも同様の事例があります。
この2例で撃破したロシア軍航空機はウクライナへの攻撃に使われている戦闘機ではなく、破壊しても意味のない用廃機まで含まれていますが、基地内に容易に潜入されてしまう信じ難い警備の杜撰さを露呈してしまっています。
前例:2023年8月19日、ソリツイ-2空軍基地への破壊工作
実はパヴティナ作戦以前にウクライナ特務によるロシア領内の基地への潜入破壊工作で酷似した作戦は行われています。たとえば2023年8月19日にウクライナ国境から約650km離れているロシアのノヴゴロド州にあるソリツイ-2(Сольцы-2)空軍基地でTu-22M3爆撃機が爆発炎上していますが、これは基地の付近から発進した短距離の小型ドローンによる攻撃でした。ロシア側の発表ではマルチコプター型ドローンによる攻撃とあり、固定翼型ドローンによる長距離攻撃ではありません。
ただしこの時の作戦でウクライナ側は何の発表も公式には行っておらず、SNSに意図的に戦果写真を流出させたのみでした。潜入作戦の手口を秘匿したかったのでしょう。作戦を行ったのがSBU(ウクライナ保安庁)なのかGUR(ウクライナ国防省情報総局)なのか、それすら不明です。しかしおそらく、このソリツイ-2への攻撃こそがパヴティナ作戦の前座と言えるものであり、ロシアは2年近く経ってこの手痛い教訓を忘れてしまっていたのです。
炎上するTu-22M3爆撃機、機首が確認できる
SNS投稿より2023年8月19日、ソリツイ-2空軍基地で撃破されたロシア空軍Tu-22M3爆撃機※テレグラム画像出典:https://t.me/zsuwar/36014
他国の潜入破壊工作の事例
敵国への潜入破壊工作や要人暗殺は世界中で事例がありますが、有名なのはイスラエルのモサド(諜報特務庁)でしょう。自爆ドローンや対戦車ミサイルを敵国イランに持ち込んで破壊工作を何度も行って来ました。
これらの当局者によれば、イスラエルは自爆型ドローン(無人機)の発射拠点をイラン国内に設置。それらのドローンはその後、首都テヘラン近郊に配備されたミサイル発射装置を狙うのに使用されている。精密兵器も同様に持ち込まれ、地対空ミサイルを標的として使われた。
このCNN記事でいう「精密兵器」とはおそらくミサイル兵器のことでしょう。また過去には特に奇妙な兵器をイランに持ち込んだ暗殺作戦が発覚しています。
イランの著名な核科学者モフセン・ファクリザデ(Mohsen Fakhrizadeh)氏が先月暗殺された問題で、イラン革命防衛隊(IRGC)の副司令官は6日、暗殺には「人工知能(AI)」を搭載し、人工衛星で操作された自動機関銃が使用されたと明らかにした。
これは当初あまりに突拍子もないのでイランが要人護衛失敗を誤魔化す為の虚偽説明かとも疑われましたが、後に西側の調査報道でも裏付けられて、イスラエルは実際にAI制御と衛星通信の遠隔操作を組み合わせた特殊な機関銃を車両に載せて暗殺作戦を実施したことが分かっています。
潜入破壊工作の困難さ
また当然なのですが敵国深奥部に潜入することは困難なことであり、作戦成功率は低く、不意を撃つ必要があるので何度も頻繁にできるものではありません。奇襲が成功し大戦果を上げたパヴティナ作戦ですら、5カ所の基地を同時に攻撃してまともに成功したのはオレニヤ基地とベラヤ基地の2カ所だけです。3カ所では対応されて防がれてしまったのです。
小型ドローンは民生の市販品と同じなので敵国に持ち込みやすいという利点はありますが、しかし自爆ドローンである以上は爆発弾頭を付けねばなりません。5カ所の基地に対して100機以上のドローンを用意する場合は100発以上の爆発弾頭を持ち込まなければならず、ミサイルなどの誘導兵器の持ち込みと比べて格段に持ち込みが有利とまでは言えません。誘導兵器の発射機が必要無いという点でやや持ち込みに有利とは言えますが、目標の基地まで数キロメートルにまで接近するなら小型の発射機も選べるでしょう。
パヴティナ作戦のような潜入破壊工作を防ぐには、まず真っ先に敵の特務の潜入を防いだり潜入されても自由な行動を妨害することが最重要であり、その次に基地の周辺の警備体制であり、ドローンへの対処はその後になります。再三に渡って言いますが潜入破壊工作の本質とは「潜入」にあり、数ある攻撃手段の一つでしかないドローンにばかり着目するのは間違いです。
小型ドローンは防ぎやすい:威力の低さ、速度の遅さ
そもそも小型ドローンは他の兵器と比べて防ぎやすく、対処は簡単な面があります。例えば小型ドローン防御のもっとも簡単な方法は、屋根のある格納庫に航空機を入れておくことです。小型ドローンの小さなペイロード(搭載量)では小さな弾頭しか積めません。このため簡易格納庫の薄い屋根でも爆発を防げます。また速度の遅いドローンは網を張るだけでもそれなりの確率で止められることが戦訓で分かっており、効果的でしょう。
参考:アメリカ空軍B-2爆撃機の格納庫
アメリカ空軍よりホワイトマン空軍基地のB-2爆撃機の格納庫。扉があり開け閉めできる参考:ロシア空軍が計画中のTu-160爆撃機の格納庫(模型)
ロシア国防省の公式動画よりロシア空軍が計画中のTu-160爆撃機の格納庫(模型)なお一部で「アメリカとロシアの核軍縮条約で戦略爆撃機は偵察衛星から見えるように露天駐機が義務付けられており、ウクライナは卑怯にもその隙を突いた」という奇怪な陰謀論が唱えられていますが、米露の核軍縮条約(新STARTを指すと思われる)にそのような義務は記載されていません。機体廃棄後の確認の規定が混同されたものと思われます。
そもそもアメリカ空軍のB-2爆撃機はステルス塗装の維持メンテナンスの為に露天駐機はしておらず格納庫に入れる運用が基本であり、ロシアはそのことに文句を付けておりません。ロシアは自身でも爆撃機用の格納庫を計画していましたが、パヴティナ作戦には間に合いませんでした。
迎撃手段:近接信管付き機関砲弾など
そして次にようやく迎撃の話になります。直接的な火力による迎撃の他に電子妨害(電波妨害)という方法もありますが、戦時下であっても後方の比較的安全な場所で妨害電波を広域に垂れ流すと民間への負担が大き過ぎるので難しい面があります。完全な平時では妨害電波の垂れ流しはまったく無理でしょう。すると候補は以下のようになります。
- 近接信管付き機関砲弾
- HEL(高出力レーザー)
- HPM(高出力マイクロ波)
- 迎撃ドローン(ネットランチャー投下など)
- 対ドローン電子妨害銃(指向性があるもの)
一番簡単なのは近接信管付き機関砲弾です。既存の技術で実用化済みであり、今直ぐ配備が可能です。従来の対空兵器では撃墜が困難な小型ドローンのような小さな空中目標にも対応可能です。
関連記事:ウクライナに供与される対ドローン用30mm機関砲はXM1211近接信管弾を用いるM-ACEシステム
ノースロップ・グラマン社の広報動画より対ドローン防空システム「M-ACE」レーダーや音響を利用した広域ドローン探知システムと近接信管付き機関砲弾を用意した対空機関砲によって、小型ドローンを迎撃できます。基地周辺に複数のシステムを配備すれば阻止可能でしょう。ただし機関砲弾は自爆機能を組み込んだとしても一定数は不発が生じてしまい、流れ弾によって地上に付随被害をもたらす可能性があります。
HEL(高出力レーザー)やHPM(高出力マイクロ波)は流れ弾が出る心配をあまりしなくてよいので市街地でも使いやすいのですが、まだ開発中の技術です。試作レベルのものは各国が制作していますが、システムの大きさや有効射程の面でまだ普及していません。
迎撃ドローンはロシア-ウクライナ戦争で既に何種類か登場しました。爆発弾頭を付けて体当り自爆するもの、槍を付けて体当りするもの、散弾銃を装着したもの、ネットランチャー(投下型)などです。ただしこのうちネットランチャー投下型は「ドローンの上に網を張る」という対抗策が編み出されました。これにより投下されたネットがドローンの回転ローターに絡むのを防ぐという、網で網を防ぐ戦法です。
迎撃ドローンは遠隔操作型の場合、敵のドローンを含めて狭い地域に十数機以上が集まると遠隔操作に使う電波の周波数帯域が混雑して、操作が困難になる恐れがあります。敵も操作し難くなりますが味方も操作し難くなるので、同時多数対処には向いていないかもしれません。ただし遠隔操作せずに全自動で目標を迎撃するシステムを組み込めば別です。
対ドローン電子妨害銃は電子妨害の一種ですが、指向性の強いものを短時間照射するなら市街地で使っても民間への影響は最小限でしょう。ですが敵ドローンが光ファイバー有線誘導だったり、自律戦闘能力を有していた場合は、電子妨害によるジャマーでは何も効果がありません。