BPOは参政党の訴えをどう判断するのか テレビ選挙報道の新たな取り組みと波紋
20日に投開票が行われた参院選では、テレビ各局がインターネット上の誤情報を積極的に取り上げたり、選挙報道の「量的公平」から「質的公平」への転換を模索したりするなど、新しい取り組みが目立った。その一方で、選挙報道が政党から「公平性・中立性を欠く」と強い抗議を受けるケースもあった。昨年11月の兵庫県知事選などで真偽不明情報がSNSで拡散し、選挙期間中に既存メディアの情報量が減ることへの批判が背景にあり、選挙報道を巡るテレビ局の試行錯誤は続きそうだ。
固唾をのんで見守る
「今回の参政党の訴えをBPO(放送倫理・番組向上機構)がどう判断するのかは、今後の選挙報道における大きな試金石になるとみている」。在京局の報道担当幹部は産経新聞の取材に対し、TBSの「報道特集」に参政党がBPOの放送人権委員会に申し立てを行う姿勢を示していることについて、こう話した。
TBSは7月12日夕の同番組で、「外国人政策も争点に急浮上~参院選総力取材」と題し、今回躍進した参政党が訴える「日本人ファースト」を取り上げた。専門家が「差別の扇動。差別用語を一切使わずに差別をあおる」と解説したほか、選挙運動の名のもとに露骨なヘイトスピーチが行われているとする専門家の見解も紹介した。
さらに、女性キャスターが「自分の一票が、ひょっとしたらそういった身近な(外国籍の)人たちの暮らしを脅かすものになるかもしれない」などと述べた。
これに対し参政党は翌13日、「選挙報道として著しく公平性・中立性を欠く内容が放送された」としてTBSに抗議し、訂正などを求める申し入れ書を提出。TBSは「排外主義の高まりへの懸念が強まっていることを、客観的な統計も示しながら、さまざまな当事者や人権問題に取り組む団体や専門家などの声を中心に問題提起したもの」と説明し、「有権者に判断材料を示すという高い公共性、公益性がある」と反論した。これを受け、参政党はBPOへの申し立てを行うと発表した。
選挙報道を巡ってBPOは平成29年、明確な論拠に基づいて評論する「質的公平」が求められているとする意見を発表している。そこでは、「真の争点に焦点を合わせて、各政党・立候補者の主張の違いとその評価を浮き彫りにする挑戦的な番組が目立たないことは残念」とまで言い切っている。BPOは今回のTBSの報道特集を「挑戦的な番組」だったと評価するのだろうか。
前出の在京局幹部は「そもそも『質的公平』が何を指すのか極めてあやふやであり、手探りでやらなければいけなかった面もある」と参院選報道を振り返る。その上で、BPOが申し立てを受理した場合に今後行う判断について、「テレビの選挙報道に携わる人間は、固唾をのんで見守っているはずだ」と述べた。
視聴者に届く番組を
選挙報道の模索は、他局でも行われていた。
「新聞やテレビといった既存メディアが慎重に報道するのが習性になっている中、SNSによる情報の拡散が投票行動に大きな影響を及ぼしている。中立公正という言葉に縛られて選挙報道に踏み込めないと、必要な情報が視聴者に届かない。ここを何とか変えていきたい」
テレビ東京の吉次弘志社長は7月3日の定例記者会見でこう述べた。この方針を踏まえ、同局は6日、13日、19日と3回にわたって事前の選挙特番を放送。「選挙サテライト2025~いま知りたい〝100のギモン〟~」と題し、各党の主張や争点を解説したほか、そもそも参院選の仕組みから紹介するなど「意外と知らない、ちょっと普段恥ずかしくて聞けないようなことも入れて」(吉次氏)、有権者の関心を高める工夫を凝らした。
NHKもSNSで広まる誤情報を打ち消す報道を積極的に展開した。「鉛筆を使うと投票用紙が書き換えられる」「票が操作される」など不正選挙にまつわる誤った情報について、選挙管理委員会の担当者らへの取材を通じて、不正選挙が起こり得ない仕組みを、総合テレビや公式サイトなどで投開票日直前まで何度も取り上げた。
選挙報道指針も見直し
テレビ朝日は地上波に加えて公式サイトの情報を充実させた。「確かめて、選ぶ」というタイトルを掲げ、X(旧ツイッター)への投稿内容を分析し、「生活保護受給者の3件に1件は外国人」とする情報は誤りだとして注意を呼びかけるなど、ネット上の誤情報も積極的に取り上げた。
同局は今年初めに選挙報道のガイドラインを策定した。「専門家や系列局も交えて20回以上の議論を重ね、パワーポイントで何十枚にも及ぶ指針をまとめた。ネット上の生情報の検証などに加え、政治的公平性に関しては、放送時間をそろえるような量的公平性にとらわれず、質的公平性を具体的にどう落とし込めるのかを考え抜いたつもりだ」と同局幹部は語る。
同様に、選挙報道のガイドラインを取りまとめたTBSも、量的公平性に過度にとらわれず、質的公平性をより重視した選挙報道にかじを切った。その結果の一つが、先の「報道特集」だったのだろう。
BPOだけでなく、視聴者からどのように選挙報道番組が受け止められ、判断されるのか。注がれる目は、量的公平性重視の時代よりも厳しくなっているといえそうだ。(大森貴弘)