人工甘味料が腸炎を悪化させる仕組みを解明 (2/3)
人工甘味料ソルビトールは、どのようにして腸の炎症を引き起こしているのか?
この疑問への答えを得るため、研究者たちはまずマウスを用いた実験を開始しました。
マウスを2つのグループに分け、一方のグループにはソルビトールを2週間飲ませ、もう一方には普通の水を飲ませました。
その後、2つのグループのマウス両方に腸炎を引き起こす物質(デキストラン硫酸ナトリウム:DSS)を5日間投与しました。
すると、ソルビトールを飲んでいたマウスは普通の水を飲んでいたマウスに比べ、体重が大きく減り、腸の炎症もひどくなっていました。
また、炎症の強さを示す指標物質「リポカリン2」の量も顕著に増えていました。
つまり、ソルビトールが腸炎を一段と悪化させることが明らかになったのです。
では、なぜソルビトールが腸の炎症を悪化させたのでしょうか。
その鍵は腸の中に住む「腸内細菌」と、身体を守る「免疫細胞」の2つが握っていました。
ソルビトールを飲んだマウスの腸内を調べたところ、炎症を引き起こす強力な物質「IL-1β(インターロイキン1β)」が通常より多く作られていました。
さらに、免疫細胞の中でも特に炎症を引き起こすタイプ(M1型)のマクロファージが大幅に増えていたのです。
マクロファージは本来、体内の異物や細菌を掃除する役目の免疫細胞ですが、M1型は掃除の過程で激しい炎症反応を引き起こします。
ソルビトールを摂取したことで、炎症を引き起こすM1型マクロファージが増加し、腸の炎症をより悪化させていたわけです。
一方、腸内細菌の様子にも大きな変化が起こっていました。
ソルビトールを与えたマウスでは、腸内細菌の中でも特に「プレボテラ科(Prevotellaceae)」という細菌グループが非常に多く増加していたのです。
普段はそれほど数が多くないこの細菌が増えたことが炎症と何か関係あるのでしょうか?
研究者たちは次に、マウスに抗生物質を使って腸内細菌を一時的にほぼ除去した上でソルビトールを与えました。
すると驚いたことに、腸内細菌がほとんどいない状態のマウスでは、ソルビトールを摂取しても腸炎が悪化しませんでした。
炎症の強さを示すIL-1βやM1型マクロファージの増加も見られなかったのです。
これはつまり、ソルビトールが単独で炎症を起こすわけではなく、腸内細菌が存在しソルビトールを利用することで初めて強い炎症を引き起こす、ということを示しています。
しかし、腸内細菌が具体的にどうやって炎症を引き起こしたのかは、まだ明らかではありません。
そこで研究チームがさらに腸内を詳しく調べてみると、「トリプタミン」という物質が重要な役割を果たしていることが分かりました。
ソルビトールを摂取したマウスの腸内では、このトリプタミンという物質が明らかに増えていたのです。
トリプタミンは、腸内細菌がアミノ酸の一種であるトリプトファンを代謝することで作り出される物質です。
そこで研究者たちは、このトリプタミンが腸内の炎症に直接関わっているのではないかと考え、さらに詳しい実験を行いました。
マウスから取り出した免疫細胞(マクロファージ)にトリプタミンを与えると、マクロファージは炎症を強力に引き起こすタイプ(M1型)に変化し、IL-1βを大量に作り出したのです。
トリプタミンがまさに炎症のスイッチとなって免疫細胞を強く刺激していたことが、はっきりと分かりました。
つまり、ソルビトールは腸内細菌を刺激してトリプタミンを作り出させ、このトリプタミンが炎症を強める免疫細胞を活性化させる、という明確な仕組みが解明されたのです。
さらに興味深いことに、このトリプタミンという物質の炎症作用には時間的な二面性もあることが分かりました。
短時間(約一晩程度)の刺激では、マクロファージはむしろ炎症を抑えるタイプ(M2型)に変化し、炎症を抑える効果を示したのです。
しかし、トリプタミンによる刺激が長期間続くと状況は一変し、再び炎症を引き起こすM1型へと変化しました。
特に、細菌由来の刺激(LPS)があると、炎症反応はさらに強くなりました。
これはトリプタミンが短期間では炎症を抑えることがあっても、長期間腸内に存在し続けると、かえって炎症を悪化させてしまう可能性があることを示しています。
以上の結果から、ソルビトール摂取が腸内細菌を刺激してトリプタミンを産生させ、このトリプタミンが免疫細胞を活性化させることで腸の炎症を悪化させる、という新しいメカニズムが明らかになりました。
ソルビトールの腸への影響は、私たちが考えていた以上に複雑で深刻なものかもしれません。