平均寿命100歳って実現できるのか。専門家の予想はシビアです
世の中に絶対はないけれど、それでも1つ絶対なことがあるとしたら…。それはみんないつかは死ぬということ。医療技術や住環境がどれだけ発展しても、最後のときは必ずやってきます。
その最後のときが来るのって、なるべく遅くできません? つまり寿命って伸ばせませんか?
科学ジャーナル「Nature Aging」に掲載されたとある論文では、アメリカのような高所得国では寿命が伸びています。しかし、過去30年間の伸び率は鈍化しています。現代の技術では寿命の限界に近づきつつあるのでしょうか?
専門家に平均寿命100歳は可能かどうか聞いてみました。
疫学&生物統計学専門家の見解
イリノイ大学の疫学教授、生物統計学専門家で、長寿の研究家。Nature Agingの論文の主執筆者。
永遠というとあまりに長い間なので、あやふやな時間を前提に答えることはできません。その上で自信を持って言えることがあるとしたら、それは今世紀中にはどこの国も平均寿命100歳を達成するのは不可能だということ。つまり、今生きているほとんどの人たちは、平均寿命100歳は無理だということです。なぜこれを自信をもって言えるかというと…。
平均寿命の人口動態は、全年齢の死亡率がベースになっています。まず、最初に平均寿命が伸びたのは、公衆衛生が改善されたことで、伝染病による子どもや若者の死亡率を低減させることができたからです。20世紀の平均寿命の伸びは、子どもの生存率上昇で何十年分も追加されたことが大きいわけです。
ですが、これは1度しか起きない革命であり、すでに達成済みです。若くして命を落とすリスクを回避した人々も、老化という抗えない力によって死へ近づいていきます。老化が不変である以上、大きく伸びた平均寿命の成長率は鈍化していくことになり、これが(先述の)論文で述べた通り、ここ30年間ほどで起きている現象だと思われます。ただしあくまで推測であり、決定的なものではありません。
真に問うべきは、未来ではどうなっているかということ。わかりやすいところだと病。今現在も行われている通り、病気を1つ1つ治療していけば、人類の平均寿命はやがて100歳になるのかという質問。答えはNOです。絶対的NO。
これ、1990年に実証されているのですが、死に至る主となる病気を仮に取り除いたとしても、人類は不死にはならないし、平均寿命が100歳になることもありません。なぜなら人間の命はどの年齢でもたくさんのリスクが影響しており、1つの病気リスクを低減させたところで、すぐに2つ、3つとリスクが出てくるような状態にあるからです。
次に、老化を鈍化させる「Gerotherapeutics(老化に対する治療法)」という分野の進化について考えてみましょう。老化を遅らせることは可能なのでしょうか? 個人的には非常に興味ある視点だと思っています。しかし、平均寿命100歳における問題は、全年齢層の全死亡原因による使用率を8割ほど下げねば達成できないところにあります。この数字があまりに大きいことから、達成は難しい、少なくともすぐには無理だと思います。
安全と効率性を十分にテストし、Gerotherapeuticsを進化させるには、これからまだ長い時間が必要です。長寿に関するどんな技術のどんな方法であっても、短期間でそれを実証するのは不可能でしょう。つまり、今日ネットで長寿に関するブレイクスルーな仮説が出ようが、科学が誰でも120歳まで生きる方法を開発しようが、人口レベルで平均寿命の伸びを実証するのは、科学の力では非常に難しいということです。
では、机上の空論として、理論だけで考えると平均寿命100歳は可能かというと、これはYESです。人類の進化において、一定の年齢を超えると爆発するなんて制約はありませんから。同じように、人間が1kmを1分で走れないと証明する進化的制約もありません。が、現在の人体の仕組みでは、そんなに速く走るのは難しいでしょう。平均寿命も同じです。平均寿命100歳が達成される唯一の方法は、誰かが医学的かつ科学的に人間の老化に関するすべての要素(身体&メンタル)で、劇的な発見・進化を生み出すことでしょうね。それ以外では不可能でしょう。
遺伝学者の見解
遺伝学者であり、アルベルト・アインシュタイン医学校の老化研究会のディレクター。95歳から112歳の健康的な500人の遺伝子を調べるLongevity Genes Projectの主研究者。
100歳を超える長寿に関して、我々が最も知りたかったことの1つに、60歳を超えたあたりでみんなの体調が悪くなり始めたとき、長寿の人も健康を崩したかどうかです。つまり、長寿ではあるが、具合が悪い40年間を過ごしながらの長寿なのかということ。これだとあまり魅力的には感じませんよね。
しかし、調査でわかったのは、長寿の人はずっと元気で健康だということでした。長寿の人が体調を崩すのは、60過ぎて多くの人に不具合が起きたその30年から50年後のようです。つまり、病気にかかる期間が短いのです。これは、例え病気にかかっても、人生の最後の方のほんの短い間だけだということを意味します。
長寿の3割の人は、病気にも関わらず薬も服用しないまま亡くなります。長寿100歳の理想がこれだとして、質問がそんな人はいるのか?であれば、答えはYESです。ただ、その数は少ないです。私の研究では数百名ほどいらっしゃいましたので、世界には何千、何万といるだろうとは思います。
(先述の論文)研究では、寿命88歳を超えるのは難しいと言っているように見えます。この論文は人口統計学者によって書かれており、人口統計学者は過去から未来を推測します。ただし、この論文では「過去150年間、止まることなく寿命が伸びてきてるよ。過去10年だけでも10年伸びてるよ」という今までの人口統計学者の声と対立しています。
Jay Olshansky氏が「天井はあるのでしょうか? あるならば、永遠に生きることはできません」と語っていますが、私は天井はあると考えています。2016年にNatureで公開された論文に、データから人類の最大寿命は115歳程度だということがわかりました。しかし、これはあくまでも統計的最大値であり、誰もがあてはまるわけではありません。
最大は115歳で、半分の人は80歳以上まで生きているとすれば、天井はあるが、その天井は曲がってきているのかもしれません。なぜなら寿命がその天井に向かって一直線ではないからです。私の研究に登場した長寿遺伝子を持つ人たちは、最大値に達することができるかもしれません。それを持たない人たちがそこを目指すには、薬や医療に頼るしかないのでしょう。
次なる目標は、天井の高さを上げることになるのでしょうか。だとしたら、上げることは可能かという質問が来て、答えはたぶん可能だと思います。私が生きている間に可能かでいえば、それは無理でしょう。動物においても、寿命を劇的に上げられる術に確証はありません。
もちろんできないと言っているわけではありません。私が言いたいのは、最大が115歳なのに、80歳を前に死んでしまうなら、生きられるはずだった35年分を生きるための努力をするべきだということ。病気にならず、90代・100代を生きるにはどうすればいいのか? それを考えていくのは可能だと思います。
(先述の)Nature Agingの論文のタイトルは、「劇的な寿命の伸び」です。私にとって、劇的と言えるのは150歳を過ぎてから。では、それは可能なのか? 私は不可能だと考えます。理由は寿命には天井があるから。ただし、より健康に長生きできるか?と聞かれたら、答えはYESですね。
生物学者の見解
DNA解析会社のVeritas Geneticsの共同創設者で元CSO。NPO団体「Rapid Deployment Vaccine Collaborative」の創設者でトップ科学者。バイオ技術やAI研究分野の起業家。
人間の未来の寿命がAIにかかっているのは間違いありません。なぜか? AIに期待されることの中には身近に感じないものもありますが、一般的にAIでイメージすることよりも、科学者が生物学的老化をAIで紐解いていくことのほうがよっぽどありえると思うからです。
長寿に最も影響する2つの要素、環境的要因と生物学的要因。公衆衛生の大きな進化によって生活環境は改善し、平均寿命も伸びました。生物医学分野の進化は、今大きな成果が上がっており、平均寿命UPに貢献するでしょう。
ただし平均寿命が100歳に達するかどうかは、今までに起きたさまざまなことを考えると、不確かだといえます。例えば予防接種に反対する声、気候変動、パンデミック発生で、長寿のトレンドに少しブレーキがかかりました。長寿の分断が起きる可能性は高いと考えます。長寿の分断とはつまり、富裕層や学歴の高い人たちの寿命は伸び、そうではない人々の寿命は今のまま、または減少するかもしれないということです。
人類の寿命を伸ばすうえで、乗り越えらえない物理的壁はないと思います。では、生物学的な劇的長寿は予見できるのでしょうか?
物理学で考えてみましょう。物理学のフロンティアはもう何十年も停滞しており、これはとても頭のいい人たちですら認知力に限界があることを示唆しています。また、人理の寿命を減らすような問題を起こす人の数は増加しています。劇的な長寿を可能にするため複雑な問題のソリューションを導き出し、またそれを可能にする文明インフラを作り出すには、人類の知能では難しいでしょう。
となれば、人間の寿命を伸ばすブレイクスルーとなるのはAIしかありません。AIが人類よりも劇的に賢くなれば、現在不可能とされているさまざまなことにブレイクスルーが起きるかもしれません。人類の生物的寿命延長もその1つです。となれば、次に問うべきは基質的選択肢として生物学は残るのか、またはよりスピーディかつ効率的な長寿としてAIとマージしていくのかということでしょう。
私はマージしていく道を主張します。というのも、人類はすでにAIと一体化しつつあるからです。個人が一体化しているのではなく、人類という在り方が、ですね。デジタルコンピューターという形と我々は一体化してきており、人類のさまざまなエッセンスをアップロードし、またインターネットやメディアからそれを掘り出すことができます。そして、それらを濾過したものが大規模言語モデルの学習データなのです。
長年生成AIが失敗してきた中で、なぜChatGPTがこんなに大成功しているのかと言えば、ChatGPTは初めての人間化されたAIだからです。ただし、ChatGPTはAI改革のまだ始まりに過ぎず、さらに大きくより良いものを生み出すため巨額な投資を惹きつける存在です。これに続く次の生成AIは、推論力も科学的発見もエンジニアリングにおいてもよりパワフルになるので、人類との次なる一体化が必要になってくるでしょう。
自己回帰で進化していくAIは、人類のエッセンスを、集合的かつ個別に非生物学的なコンピューティング要素へと変換する技術を高めていくでしょう。それが私の思う最も直接的な劇的長寿です。不死と言えるかもしれません。そしてそれが、生物学的な人間の劇的長寿を可能とする技術も生み出し、ついには寿命における選択肢、トレードオフ、そしてジレンマと、前例のない扉を開けることにもなるのでしょう。