量子デバイスからアプリまで、全領域での研究開発を推進──量子コンピューティング時代を牽引する日本の大企業たち(1):富士通

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日本国内で量子コンピューターの研究開発とその実装に早くから取り組んできた大手企業の研究者たちは、その未来をどのように見据えているのか。1954年に世界最古級のコンピューター開発に成功した富士通は、量子デバイスからアプリケーションまでの全領域の研究開発に取り組むことで、コンピューティングの歴史を前進させようとしている。

Information研究者:佐藤信太郎方式:超伝導、ダイヤモンドスピン参入年:2010年代

1954年は、富士通にとって象徴となる年だった。富士通初のコンピューターであり、日本初の実用リレー式コンピューター「FACOM100」の開発に成功し、59年に社長に就任した岡田完二郎は「いずれ通信とコンピューターは一体になる」と喝破したという。続く62年には当時の売上高比率が通信部門80%、コンピューター部門はわずか10%にも満たないなか、「コンピューターに社運を賭ける」ことを明言している。

厚木研究所では、超伝導型量子コンピューターに使われる希釈冷凍機の構築が行われている。

PHOTOGRAPH: COMURAMAI

PHOTOGRAPH: COMURAMAI

そんな黎明期からコンピューター開発に取り組んできた富士通にとって、ハイ・パフォーマンス・コンピューティング(HPC)技術の追求は重要であり、その延長線上に量子計算を位置づけている。富士通はスーパーコンピューター開発で世界をリードしてきたものの、半導体微細化の限界が見え始めたことで、新たな計算アーキテクチャの模索が不可避となったからだ。

「ムーアの法則の終焉が近づくなか、次の技術として量子コンピューターに取り組む決断をしたんです」。富士通研究所 量子研究所長の佐藤信太郎はこう話す。

2023年、富士通は日本企業として初となる64量子ビットの超伝導型量子コンピューターを理化学研究所と共同開発し、提供を開始した。また25年中には256量子ビット、26年までに1,000量子ビットの実現を計画しているという。

そんな富士通が特徴的なのは、量子デバイス、量子状態制御、量子プラットフォーム、量子基盤ソフトウェア、そして量子アプリケーションに至るまで、川上から川下まで自社で開発にかかわっている点にある。

「すべての領域に取り組んでいるのがわたしたちの特徴ですが、あまりにもカバーしなければならない領域が多い。そのため、世界有数の研究機関や企業と共同で取り組むというアプローチをとっています」と佐藤は語る。先述の超伝導方式のほか、ダイヤモンドスピン方式についてはオランダのデルフト工科大学との共同研究を、エラー訂正技術については大阪大学と、エラー緩和技術については米国発の企業であるキーサイト・テクノロジーと共同で開発に取り組んでいる。

ダイヤモンドスピン方式量子コンピューター向けに開発が進められている導波路チップにおいて、基板の上に微細な光の通り道をつくり、ダイヤモンドの結晶に光を導き、計算を行なうためのテストが実施されている。

PHOTOGRAPH: COMURAMAI

富士通が独自に取り組むダイヤモンドスピン方式とは、ダイヤモンド中の炭素原子を窒素に置換し空孔をつくり、その中心部分に生じる電子スピンを量子ビットとして利用する方式だ。超伝導方式の量子コンピューターと比べて、1K以上の温度での動作が可能であることや、光を使った量子ビット間の接続が可能であるため、ノイズの影響を受けにくいといった特徴をもつ。このように新たなハードウェア方式の開発に取り組む背景を佐藤は次のように話す。

「どのようなハードウェアの方式が有力になるかがまだわからないなか、ハードウェアの可能性はさまざまに追求していきたいと考えています。その一例が、ダイヤモンドスピン方式です。一方、ビジネス化を考えたときに有望なアプリケーション開拓も欠かせません。量子コンピューターが得意とする組み合わせ最適化問題に特化した量子インスパイアード技術『デジタルアニーラ』をクラウドサービスとして提供しています。材料や製薬、物流、金融などの企業向けに活用事例を生み出しています」

ここまで紹介した取り組みのほかにも、富士通は企業や大学と連携しながら幅広い研究開発を進めている。その一例が、量子コンピューターとHPCの連携による「ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム」の提供、量子コンピューターのシミュレーション技術、誤り耐性量子計算(FTQC)、早期誤り耐性量子計算(Early-FTQC)のための独自アーキテクチャ「STARアーキテクチャ」開発などだ。

そんな同社は25年秋、川崎にあるFujitsu Technology Parkにて「量子棟」を新たに開設する予定だ。同施設には、先述の超伝導方式による1,000量子ビットコンピューターの設置と公開が予定されており、実用的量子計算に向けたさらなる大規模化が期待される。1954年に世界最古級のコンピューター開発に成功したように、富士通は再びコンピューティングの歴史を前進させるのかもしれない。

富士通研究所 量子研究所 所長の佐藤信太郎。取材で訪れた厚木研究所のほか、理化学研究所との連携センターや川崎にあるFujitsu Technology Parkで量子コンピューターの研究開発に取り組んでいる。

PHOTOGRAPH: COMURAMAI

※雑誌『WIRED』日本版 VOL.56特集「Quantumpedia」より転載。

雑誌『WIRED』日本版 VOL.56「Quantumpedia」

従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら

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