コラム:「古くて新しい」FRBとトランプ氏の対立、FRBが取り得る収束策は=井上哲也氏

 1月27日、トランプ米大統領が、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で金融政策について示した見解が波紋を広げている。井上哲也氏のコラム。ホワイトハウスで21日撮影(2025年 ロイター/Carlos Barria)RC20GCA6Y8DT

[東京 27日] - トランプ米大統領が、世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)で金融政策について示した見解が波紋を広げている。ロイターによれば、オンライン参加したトランプ氏は「原油価格が下落している今、金利の即時引き下げを要求する」と発言したほか、その後のホワイトハウスでのイベントでは、「私は政策金利について、その決定を主に任されている人物よりはるかによく理解しているのは確かだ」との趣旨の発言をした。

<金融政策の独立性を巡る古典的な対立>

これらの発言で再び注目が集まる政治と中央銀行の関係の問題は、経済学の教科書にも載っている「金融政策の独立性」の議論をなぞる面がある。

政治家は一般的に、選挙のサイクルに規定された短い時間的視野に焦点を置き、景気を拡大させるための金融緩和を要求しやすい。しかし、その結果として金融緩和が恒常化すると、企業や家計のインフレ期待が上方に不安定化し、物価と賃金のインフレスパイラルをもたらす。それを終息させるためには、最終的に強力な金融引き締めが必要となり、経済に深刻な影響をもたらす。こうした事態を防ぐためには、中央銀行により長い時間的視野に立った政策運営を委ねるべきというのが、「金融政策の独立性」の論拠である。

米大領領の3選は憲法で認められていないほか、来年の中間選挙もふまえると、トランプ氏が経済政策に関してなおさらに近視眼的となることは十分考えられる。しかも、トランプ氏が実業界出身である以上、金利は低い方が良いと考えるのも自然ではある。

もう一つの無視し得ない要素は、現時点で米連邦準備理事会(FRB)の理事に欠員がないことだ。近年では珍しい状況であり、トランプ氏も自らの政策思想に沿った人物を理事に補充することで政策に影響力を行使することができない状況にある。先にみたように、トランプ氏が自ら任命したパウエル議長を事実上名指しで批判した背景には、こうしたフラストレーションもうかがわれる。

これに対してFRBは、トランプ政権による経済政策の影響を除いても、かねてインフレ率の上方リスクに直面していた。実際、昨年の秋以降の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨をみても、時間的ラグの大きい住居費の高止まりを除くと全体としてはインフレ率の基調が減速している点を認めつつ、個人消費が想定以上の底堅さを示した点や、労働市場の減速も緩やかに止まった点を確認していた。結果として、FOMCメンバーによる利下げ予想を示すドットチャートも変化し、2025年中の追加利下げは2回にまで縮小していたわけである。

<FRBとトランプ大統領の新たな対立>

その一方で、今回のFRBとトランプ氏の対立には、古典的な議論とは異なる要素もいくつか含まれている。

第一にトランプ政権の経済政策自体が物価の変動要因となっていることだ。冒頭にみたように、トランプ氏は原油価格が下落しているから金融緩和は合理的と主張している。しかも、就任演説ではエネルギー政策の転換を宣言し、国内での原油と天然ガスの採掘の促進(『ドリル・ベイビー・ドリル(石油を掘りまくれ)』)をアピールした。つまり、トランプ氏は自らの政策によって物価を抑制するので、FRBは金融緩和を進めるべきというロジックを展開しており、それ自体は合理的と言える。

しかし、トランプ氏の他の主要な経済政策は、いずれも物価を押し上げる面が強い。関税政策については、対象国や対象品目、実施時期などに不透明性が残り、輸入業者によるマージンの圧縮や輸出国側での価格引き下げといった対応はあるとしても、国内物価を押し上げる方向に働くことは明らかだ。移民政策についても、非熟練労働を支えていたとすれば、飲食や宿泊、娯楽といった業種の賃金上昇を通じて、サービス価格に波及し得る。最後に減税策も、企業収益や家計の可処分所得を押し上げることで支出を積極化し、総需要の増加を通じて物価の上昇に寄与する。

第二に世論が物価上昇に対して批判的であることだ。先にみた古典的な金融政策の独立性の議論で、政治家が景気の拡大を指向するのは、最終的には世論が物価の安定よりも景気の拡大を望むからである。しかし、今回の局面では、コロナ後の高インフレの下で実質購買力の毀損(きそん)した多くの人々がインフレ率の引き下げを求めている。

これは、FRBによる強力な金融引き締めにも関わらず米国経済が力強い拡大を続け、失業率も低位に止まっているという今回の特異な環境によるのかもしれない。それでも、高インフレがバイデン政権への批判に繋がり、大統領選挙の結果に影響したとされるのは周知の通りである。

トランプ氏も大統領選を通じて世論の状況は十分に認識しているであろうし、だからこそ、米国のエネルギー産業の活性化という目標を別にしても、国内での原油と天然ガスの採掘の促進によって、家計の感応度の高いエネルギー価格の引き下げを打ち出したものと推察される。

<対立の収束>

このように、FRBの政策運営にとっては難しくかつ複雑な状況ではあるが、対立を収束させるための方策はいくつか考えられる。

まず大事なことは、上記のように世論がインフレの抑制を求めていることをトランプ大領領に再認識してもらうことだ。中間選挙もそう遠くない状況で、経済政策がインフレを再加速させる事態は望ましくないはずだ。もちろん、関税や移民、減税に関する政策自体の見直しはできないとしても、金融政策はこれらの国内物価に対する副作用を抑制すべく運営するという考え方は主張できる。

もう一つ重要なことは、金融市場を味方にすることだ。FRBとトランプ氏との間で対立が深刻化すれば、長期金利や株価は不安定化し得る。こうした事態はトランプ氏にとっても決して望ましいことではない。加えて、米国の金融市場の不安定化は日本を含む海外にも波及し、米国の金融経済に下方圧力が跳ね返る恐れもある。

また、エネルギーも食料も自給可能な米国経済にとって、実は最大の弱点は海外投資家の資金に多くを依存している点である。この点はトランプ氏も認識しているとみられ、だからこそ、貿易不均衡を強く批判しつつも、「強いドル」政策については考えを変えていないのであろう。その意味では、FRBとトランプ氏との対立が深刻化した場合は、長期金利や株価を通じた間接的な経路も含めて、米ドルへの信認に影響する恐れもある。

これらの点を踏まえると、FRBにとっては、政策金利の大きな引き下げは必要ない、ないし不適切であるとの理解を金融市場と幅広く共有し、金融政策が物価安定に対して不適切な方向に進みそうになった場合には、市場が適切な「早期警戒警報」を示してくれるようにしておくという地道な対応が意味を持つ。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*井上哲也氏は、野村総合研究所の金融デジタルビジネスリサーチ部シニアチーフリサーチャー。1985年東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。米イエール大学大学院留学(経済学修士)、福井俊彦副総裁(当時)秘書、植田和男審議委員(当時)スタッフなどを経て、2004年に金融市場局外国為替平衡操作担当総括、2006年に金融市場局参事役(国際金融為替市場)に就任。2008年に日銀を退職し、野村総合研究所に入社。金融イノベーション研究部・主席研究員を務め、2021年8月から現職。主な著書に「異次元緩和―黒田日銀の戦略を読み解く」(日本経済新聞出版社、2013年)など。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

関連記事: