『あんぱん』で話題の女優(22)が「人生初ラップ」披露? 本人と重なる役で見せた「等身大の演技」

劇場アニメ『不思議の国でアリスと』の注目ポイントは、『あんぱん』『すずめの戸締まり』の原菜乃華さんが「就活生」を演じていることです。「ふつうの大人にならないといけない」就活生が、「めちゃくちゃな不思議の世界を冒険する」意図とは何なのでしょうか?

メイコ役の原菜乃華さん(2023年2月23日、時事通信フォト)

 2025年8月29日より、『不思議の国でアリスと -Dive in Wonderland-』が劇場公開中です。本作はルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』を日本で初めて劇場アニメ化した作品で、『色づく世界の明日から』や『白い砂のアクアトープ』の篠原俊哉監督および、P.A.WORKSが手がけています。

●「岩戸鈴芽」が就活生になったキャラクターにも思える?

 本作の注目ポイントのひとつが、主人公「安曇野(あずみの)りせ」の声を担当しているのが、朝ドラ『あんぱん』の「メイコ」役ほか、劇場アニメ『すずめの戸締まり』の「岩戸鈴芽」や、実写ドラマ&映画『【推しの子】』の「有馬かな」役などで知られる原菜乃華さんである点です。

 りせは「就活生」で、友だちが見せてきた就職活動の工夫を伝えるインフルエンサーの動画を見て躍起になったり、祖母の生前に秘書をしていた「浦井洸(声:間宮祥太朗)」にも就職口を「あわよくば」と聞いてみたりと、行動がかなり空回り気味です。そういった悩みは共感しやすいですし、失敗続きでちょっと心が荒んでいる状態や、少しばかりの「打算的」なしぐさ、はたまた不思議の国で出会った少女「アリス(声:マイカ・ピュ)」への「お姉さんぶる」態度も含めて、原さんはとてもキュートに演じています。

 生真面目で心優しく、子供と不器用ながらも交流したりするキャラクターは、まさに『すずめの戸締まり』の鈴芽がそのまま就活生になったような印象さえありました。

 本作のプロデューサーである田坂秀将さんが、りせ役に原菜乃華さんを起用した決め手は「『すずめの戸締まり』で高校生の女の子役を実存感ある演技で表現されていた」ことだといいます。また、今回は「原さんはりせと同世代ですし、原さんならば等身大のりせを演じていただける」という勝算もあったそうです。

 2003年生まれの原さんは22歳になったばかりで、りせと実年齢がほぼ一致しているのも、ハマった理由といえるかもしれません。

 また、さらなる注目ポイントは、劇中で原さんにとって初となる「ラップ」が披露される点です。不思議の国でサーカス団を主宰する双子の兄弟「トゥイードルダム(声:木村昴さん)」と「トゥイードルディー(声:村瀬歩)」の前で、りせがこれまで「そこはかとなく」感情に出ていた「うまくいかない」気持ちを、ノリノリのリズムで「全部吐き出す」様は痛快で、同時にダウナーな心情をライトかつコミカルに表現することも含めて楽しいシーンになっています。

 それは素直な印象に対して、どこか「影」も感じさせるのも上手い、原さんの演技力のたまものでしょう。

●「ふつうじゃない世界」を「ふつうにならないといけない就活生が冒険する」物語

 本作でさらに面白いのは、奇妙な不思議の国の住人たちが「現代的な価値観」を口にしていることです。

 時間がないと急いでいる「白ウサギ(声:山口勝平)」は、「流行りのアニメと配信ドラマを2倍速でチェックする」などの「タイパ(タイムパフォーマンス)重視」派で、「青虫(声:山本高広)」は「千年に一度の青虫」や「奇跡すぎる青虫」などと称賛されるインフルエンサーでした。そういった描写から、劇中の不思議の国は、りせの現実の社会(世界)への印象が反映されているという解釈も可能でしょう。

 原作小説は「普通なんてないめちゃくちゃな世界」を冒険する物語で、主人公のアリスは「成長せず子供のままでいられる」存在でした。それに対し、本作では、就活生のりせという「普通の大人にならないといけない」キャラクターを迷い込ませるという点が、上手い「対比」となっています。

 本作では、りせと友だちになるアリスが、不思議どころか不条理な出来事の数々におびえずに冒険を楽しんでいる一方、りせは自身も祖母も好きだったはずの『不思議の国のアリス』の世界に、戸惑ったり妙な展開にツッコミを入れたりする立場になっていました。

 作中では「形式ばった社会で就活をして大人にならないといけない自分」という事実は、りせにとってアイデンティティーさえも揺らぐ、切実な問題として降りかかっています。ただ、そんなりせにとっても、めちゃくちゃな『不思議の国のアリス』の世界や、自身も『不思議の国のアリス』が好きだった事実は、現実を前向きに生きる希望へとなっていくのです。

 これは「創作物や物語を楽しんでこそ現実も楽しめる」という、ある種の創作物および物語への「讃歌」とも言えるでしょう。『不思議の国のアリス』に限らず、「自身のルーツ」と言えるほどに好きな作品がある人にとって、きっと大切にしたい作品になるはずです。

(ヒナタカ)

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