競馬記者が見たアニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(1)「ここにいる」

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第1話の1シーン。オグリキャップは超大食いだ Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

競走馬をモチーフとしたキャラクター、オグリキャップを主人公としたTBS系アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』(日曜後4・30)の放送が6日にスタートした。地方・笠松競馬からはじまったオグリキャップのレースをリアルタイムで見てきた競馬記者が、毎週の放送に合わせて史実のオグリキャップやライバルたちの動向、実在の騎手、調教師、厩務員、調教助手、馬主、生産者らの言動を振り返ってオグリキャップの実像を紹介し、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』と重ね合わせていく。

※以下、アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』のネタバレが含まれます。

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冒頭の東京レース場で行われている日本ダービーのレースシーンによって、われわれが住む現実の世界では1987年だというのがわかる。史実と同じ馬名のゴールドシチーが走っているからだ。

日本ダービーをカサマツレース場で見たトレーナーの北原穣は帰り道、土手の上でカサマツと中央とのレベルの違いに落胆し、「スターがいないんだよ。自分と重ね合わせて心の底から応援したくなるような、そんなウマ娘が…」とつぶやく。そのとき、ひとりのウマ娘が、一陣の風のごとく北原を抜き去っていった。この土手、史実の笠松競馬場の象徴的場所といっていい。

『2133日間のオグリキャップ 誕生から引退までの軌跡を追う』(有吉正徳・栗原純一、ミデアム出版)にこのような記述がある。<笠松競馬場は木曽川沿いの河川敷に場所を構え、馬場内に田んぼがある、のどかな競馬場だ。厩舎は一・五キロほど離れたところにあり、競馬場へ調教に行く際に舗装された公道を約二十分歩いて行かなければならない。>。『銀の夢 オグリキャップに賭けた人々』(渡瀬夏彦、講談社)には<土手の急坂も必ず上り下りしなければならない。それらがほどよい運動になる>とある。

史実のオグリキャップも笠松競馬場にいたとき、土手を毎日往復していた。アニメでは北原とオグリキャップが初めて出会った場所として描いているので、史実のオグリキャップのファン心理をくすぐる。

カサマツトレセン学園での最初の授業で、地方…つまりローカルシリーズについて解説する。開催地は、北は帯広から南は佐賀まで全国に15箇所。カサマツレース場はそのひとつで、そこで目指すべきレースが東海ダービーであることがわかる。「地方レースだけですか? 中央のトゥインクル・シリーズは?」というベルノライトの質問に、先生が「あるよ。あるけど、まあ君たちは気にしなくていいです」「あそこはレベルが違うからね」と答え、中央との格差を改めて浮き彫りにする。

そんなシビアな現実からコミカルな場面に一転する。うずたかく積まれたコロッケと山盛りのご飯をオグリキャップがペロリと平らげてしまう(TVアニメ『ウマ娘 プリティーダービー』第1期の初回にも大食いのオグリキャップが出てくる)。これも史実をデフォルメしたものだろう。

『銀の夢』に、笠松以前に過ごした美山育成牧場(岐阜県美山町、現山県市)でオグリキャップを担当した吉田謙治さんの「ほんとによく食いましたよ」「見知らぬ人が近づいても、怖がるどころか、平気でバリバリ食っとった」という証言が載っている。笠松時代にオグリキャップの手綱を取った安藤勝己騎手(当時)も、競馬雑誌・週刊Gallop(1999年12月12日号)での柴田政人調教師(同)との対談で「カイバはなんぼでも食べる」と話しているのだから、よほどの大食漢だったようだ。

トレセン学園入学初日の夜、ひとりになったオグリキャップが母親との会話を回想する。幼い頃は膝が悪く、歩くことも難しかったオグリキャップ。そんな彼女が学園に入学するなんて…としみじみする母にオグリキャップは「お母さんが毎日毎日マッサージしてくれたから」と感謝する。

これは、オグリキャップが稲葉牧場で右前肢が外向きに生まれてきたという史実のエピソードに由来する。

『銀の夢』に、稲葉裕治(ひろはる)さんの父、不奈男(ふなお)さんが削蹄(さくてい=馬のツメを削ること)でオグリキャップの脚の角度を変えて外向を矯正したとある。アニメでは、それを母の献身的なマッサージとして表現しているわけだ。

新入学生たちのゲート体験を見ていた北原がオグリキャップの柔軟性に驚くシーンがある。史実のオグリキャップもそうだった。オグリキャップを管理していた鷲見昌勇調教師は多くのマスコミに「筋肉が非常に柔らかく、フットワークにも無駄がなかった」といった思い出を語っている。

アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』第1話の1シーン。オグリキャップは独特な超前傾姿勢で走る Ⓒ久住太陽・杉浦理史&Pita・伊藤隼之介/集英社・ウマ娘 シンデレラグレイ製作委員会 Ⓒ Cygames,Inc.

さらに北原はオグリキャップの走り方に「なんだあの超前傾姿勢は!? なぜそんな体勢で走れる?」と驚き、身震いする。

史実のオグリキャップも重心の低い走りをしていた。『2133日間のオグリキャップ』で、安藤勝己騎手が当時の鮮烈な体験を語っている。

「重心が低く、前への推進力がケタ違いだった。あんな走りをする馬に巡り会ったのは初めて」

自分と重ね合わせて心の底から応援したくなるようなウマ娘がカサマツにいないと落胆していた北原は感動する。「いるじゃねえか。そんなスターが」と。カサマツからのスター誕生を強く予感させて第1話は終わる。オグリキャップのその後の立身出世を知る私でも「早く続きが見たい!」と思ったほどワクワクした。

4月13日放送の第2話は「私をレースに出して」。オグリキャップはレースでどんな走りを見せてくれるのだろうか。

笠松競馬場にあるオグリキャップ像

■鈴木学(すずき・まなぶ)サンケイスポーツ記者。シンザンが3冠馬に輝いた1964年に生まれる。慶応大卒業後、89年に産経新聞社入社。産経新聞の福島支局、運動部を経て93年にサンケイスポーツの競馬担当となり、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟などを取材。週刊Gallop編集長などを歴任し現在に至る。サイト「サンスポZBAT!競馬」にて同時進行予想コラム「居酒屋ブルース」を連載中。著書に『史上最強の三冠馬ナリタブライアン』(ワニブックス)。

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