焦点:人材こそ資源、労働力輸出で経済活性化を狙うアフリカ諸国

 地方都市の学校や大都市の大型会議施設には、採用担当者との面接を求めて、何百人もの行列ができていた。高学歴の人もいれば、初等教育しか受けていない人もいる。写真はナイロビの就職フェアに参加する人々。2024年11月撮影(2025年 ロイター/Thomas Mukoya)

[ナイロビ/ベルリン 11日 ロイター] - 地方都市の学校や大都市の大型会議施設には、採用担当者との面接を求めて、何百人もの行列ができていた。高学歴の人もいれば、初等教育しか受けていない人もいる。

人々が目指しているのは、ケニア政府が今年、過去に類を見ない人材採用プロジェクトを通じて集めようとしている100万人のうちの1人になることだ。

ただし、就職先はケニア国内ではなく、欧州や中東、その他の地域の富裕国だ。当局は、そうした雇用を通じてケニアの若者がスキルと収入を獲得し、それによって国内経済を支えてほしいと考えている。

「ケニアには就職のチャンスがない。私たちにとっては国外一択だ」と語るのは、ケニア中南部の都市マチャコスで政府主催の就職フェアに参加した臨床心理士のリディア・ムキイさん(27)。会場では、採用担当者たちがドイツでの幼稚園教諭やデンマークでの農業労働者を募集するパンフレットを配布している。

ケニアは国家発展を加速するために労働者の移民を奨励する史上初の総合的な施策を進めており、こうしたフェアはその一環だ。

国外への労働者派遣は、ここ数十年にわたり、フィリピンやバングラデシュなどのアジア諸国において、発展戦略の柱となってきた。だが、サブサハラ(サハラ砂漠以南)のアフリカ諸国ではこうしたアプローチをあまり採用してこなかった。ケニアなどでは、不満を抱えた市民から、国内での雇用創出の責任を果たしていないという批判も出ている。

だが、状況は変わりはじめている。世界各地で高齢化の進む諸国は、経済維持のための労働力を探しており、急増する人口を吸収するほどの雇用がない一部のアフリカ諸国が、このチャンスに飛びつこうとしているのだ。

ケニアのムトゥア労働相はマチャコスでロイターの取材に応じ、「我が国には人材という非常に重要な資源がある」と語った。労働省は昨年11月、国内47郡を対象とした採用推進活動をマチャコスで開始した。「労働力を輸出すれば、我が国は多くの収益を得ることができる」

ケニア政府にとっても求職者にとっても、海外での雇用に目を向ける理由はシンプルだ。ケニアでは毎年約100万人が新たに労働市場に参入するが、正規雇用に就けるのはその5分の1にすぎない。海外就職の対象となっている国で働けば、ケニアよりもかなりいい報酬が得られ、その所得の一部は母国の家族に送金される。

政府の思惑を支えるのは、人口統計に見られる顕著な傾向だ。国連では、アフリカの労働年齢人口は2100年までに約15億人増加し、2050年には世界で唯一、労働年齢人口に対する被扶養人口の比率が低下する地域になると予想している。

とはいえ、こうした国外就労推進の戦略にはリスクも伴う。欧州諸国の多くや米国において移民に対する反発が広がっていることも背景の1つだ。

ドイツは昨年9月、ケニアの熟練労働者の受け入れを望む企業について一部の要件を緩和する協定を結んだが、世論調査によれば、国内では反移民感情が高まっている。

この協定に同意した現連立政権は2月23日に連邦議会解散に伴う総選挙を迎えるが、世論調査では、連立に参加する各左派政党が、移民政策の厳格化を選挙公約の中心に据えるライバル右派政党の後塵を拝している。

中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)と極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、ケニアとの協定のベースとなった、2023年に成立した熟練労働者の受け入れ推進をめざす法律について、「熟練労働者」の定義が広すぎるとして反対していた。

<人手不足に悩む富裕国>

アフリカからの労働力輸出に関する包括的データは存在しない。だがムトゥア労働相によれば、ケニア政府は過去2年間で20万人以上の労働者の海外就労を支援し、今後3年間で年間100万人の人材輸出をめざしているという。

就職フェアの開催以外にも、政府は採用内定者向けに、パスポート申請やバックグラウンドチェック、渡航費用のための銀行融資の申込みに関する支援を行っている。

また政府は、さらに多くの国との協定交渉も進めている他、他国の労働需要に合わせたカリキュラムの調整に関して職業訓練校とも協力している。

エチオピア労働省のアレム報道官はロイターの取材に対し、同国は4年前に自国労働者と諸外国の人材募集をマッチングさせるオンラインシステムを導入しており、7月までの今年度中に、2023年度の7倍に当たる70万人の労働者を海外に送り出すことを目指していると述べた。

タンザニアは11月、海外に送り出す労働者を増やすため、アラブ首長国連邦(UAE)など8カ国と協定を結ぶ意向であると述べた。同国労働省と首相府に問い合わせたが、回答は得られなかった。

複数のアナリストは、アフリカ諸国の中には、社会不安につながりかねない失業問題への対策として移民を捉える見方もあると指摘する。たとえば昨年はケニア全土で増税反対の抗議行動が展開され、死者も出ている。

一方、米ジョージ・メイソン大学で移民経済学を専門とするマイケル・クレメンス氏によれば、一部の富裕国は、非正規の移民が大量に押し寄せるのに比べれば、公式の労働協定を締結する方が良策であると考えるようになっているという。

一部の国の指導者らは、人口統計上の現実に妥協しつつある。世界で2番目に人口の高齢化が進んでいるイタリアでは、メローニ首相率いる右派政権が、選挙では移民抑制の公約を掲げたにもかかわらず、非EU国籍者に対する就労ビザ発行件数を増加させている。

ドイツのセバスティアン・グロス駐ケニア大使は、ドイツでは年間40万人と推定される熟練労働者不足の影響が現われつつあると話す。

グロス大使はロイターに対し、「ドイツでは、単にウェイターやシェフ、接客担当者がいないからというだけの理由で、週に何日も休業するレストランやホテルがある」と述べた。

グロス大使によれば、熟練労働者受け入れというテーマは、亡命希望者の受け入れという困難な問題と一緒に議論されることが多いという。1月にアフガニスタン出身の亡命希望者が刺殺事件の容疑者として逮捕されたことで、後者の問題は総選挙に向けた主要な争点になっている。

公式の協定が締結される前から、ドイツとケニアのあいだでは政府以外の領域で移民労働者に関する協力が拡大していた。

コブレンツ応用科学大学とマウントケニア大学は、2030年には50万人と推定される看護師不足を補うことを意図した提携関係を結んでおり、昨年4月には、イアン・キプロノさん(26)をはじめとする14人のケニア人看護学生がドイツに渡った。看護学生たちは、学業とバート・メルゲントハイムにある病院での勤務を両立させている。

キプロノさんは、「ドイツは居心地が良い。人々は話に聞いていたより友好的だ」と語る。

最大の課題は、言葉の壁と気候だという。

「とても寒い。ケニアでは体験しない気温だ」とキプロノさん。正面がガラス張りになった病院の外では、凍えるような霧雨が降っていた。

<政治的な反動>

こうした移民労働は送り出す側の国に経済発展上の大きな恩恵をもたらすと結論づける研究が増えており、移民労働者の本国送金による追い風は一時的なものではないかという一部のエコノミストの懸念はやわらいでいる。だが、送り出す側の国においても、政治的な状況は単純ではない。

ケニアでは、移民労働の促進に批判的な立場から、政府が国内での雇用創出を怠っているとの声がある。また、すでに数百万人のアフリカ出身者が働いている中東諸国の一部で移民労働者が虐待されているとの報道も、懐疑的な見方を刺激している。

ムトゥア労働相がソーシャルメディアに人材採用イベントに関して投稿すると、「奴隷貿易」推進だという非難のコメントが寄せられることが多い。だが同氏は、募集・採用プロセスに政府が公式に関われば政府が求人内容を精査できるようになり、国民を詐欺や人身売買から守りやすくなる、と主張する。

またケニア国民の多くは、国内で必要とされるスキルの流出を懸念している。医療部門を例にとると、世界保健機関(WHO)は人口1万人あたり44.5人の医療従事者の確保を推奨しているが、労働省の2023年度の報告によれば、ケニアではこの3分の1にも満たない数字だ。

ムトゥア労働相は、医療従事者をすべて雇用する余裕が政府にない以上、他国に送り出すことは理にかなっていると語る。

ケニア医療従事者・薬剤師・歯科医組合のデニス・ミスケラー事務次長は、これに異を唱え、他国の病院はケニアの医療従事者の中でも最もスキルと経験の豊富な人材を採用することが多く、そのほとんどは二度とケニアに戻ってこないと主張する。

「もっと若い世代を指導する人間が失われつつある」とミスケラー事務次長は言う。

ただし、国外での就職を渇望する労働者にとって、その道は依然として容易ではない。

マチャコスでの就職フェアでは、早朝4時頃から、強い雨が降る中、応募者らが登録のために列を作った。それから会場の教室に通され、10数カ国の企業の代理を務める民間の人材あっせん会社による面接を受ける。

ニコラス・ムトゥンガ・ムウォンゲラさん(52)は、サウジアラビアで貨物オペレーターとして働いた経験があり、自信ありげな様子だった。

ポーランドの食肉加工工場から時給24ズロチ(約920円)という条件で内定を得たものの、人材あっせん会社から渡航その他の費用として約4000ドル(約61万円)を請求されることが分かり、落胆した。

2カ月後に取材したところ、銀行融資を受けようと努力したが、まずあっせん手数料として16万ケニアシリング(約19万円)の一時金が必要になったと話してくれた。

だがムウォンゲラさんは楽観的だ。

「金が用意できたら行くつもりだ」とムウォンゲラさん。「私には経験があるし、専門的な能力もある。私には実地経験がある」

(翻訳:エァクレーレン)

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Maria Martinez is a Reuters correspondent in Berlin covering German economics and the ministry of finance. Maria previously worked at Dow Jones Newswires in Barcelona covering European economics and at Bloomberg, Debtwire and the New York Stock Exchange in New York City. She graduated with a Master of International Affairs at Columbia University as a Fulbright scholar.

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