みそを宇宙で発酵させたら、独特の“テロワール”が表れた

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みそを国際宇宙ステーション(ISS)で発酵させることに、国際研究チームが初めて成功した。宇宙特有の条件が発酵過程に影響を及ぼすことで、いったいどんな香りや味わいになったのか。
Photograph: maple's photographs/Getty Images

みそはゆでた大豆と麹と塩を合わせて、時間をかけて発酵させてつくる日本の伝統的な調味料である。その発酵過程を国際宇宙ステーション(ISS)で再現することに、このほど米国とデンマークの科学者による国際研究チームが初めて成功した

「地球低軌道上の宇宙空間はほぼ無重力なだけでなく、放射線量が地球上よりはるかに高くなります。こうした環境条件が微生物の成長や代謝といった発酵プロセスに及ぼす影響を調べるのが目的です」と、デンマーク工科大学の研究者であるジョシュア・D・エヴァンスは説明する

エヴァンスらの研究チームは、ISSで発酵させたみそを地球上の対照群と比較し、香りや味、微生物群の構成、麹菌の遺伝子配列の変異などを多角的に分析した。その結果、宇宙産のみそはナッツのような香ばしさがわずかに強く、香り成分の総量も地球のみそよりも格段に多いことがわかった。この違いは宇宙空間での発酵環境に起因すると考えられるという。

研究チームはISSで発酵させたみそを地球上の対照群と比較し、香りや味、微生物群の構成、麹菌の遺伝子配列の変異などを多角的に分析した。

Photograph: Maggie Coblentz

放射線で麹菌が変異

研究者たちは今回、みその原料を3つの容器に分けて、ISSのほかにマサチューセッツ州ケンブリッジとデンマークのコペンハーゲンで30日にわたって発酵させた。この間、ISSとケンブリッジの容器には環境センサーを取り付けて、温度や湿度、気圧、放射線量を常時モニターした。

研究チームによると、ISSの容器内の平均温度は36.3℃で、ケンブリッジの23℃よりはるかに高温だった。また、放射線量も地球上の120倍に達していたという。なお、この温度は発酵のために意図的に設定されたものではなく、ISS内部の設備環境によって発酵容器が晒されていた本来の室内温度である。

さらに、みその中で生育した微生物群をメタゲノム解析したところ、ISSのみそには地球のみそとは異なる菌構成が確認できたという。特に皮膚の常在菌として知られるブドウ球菌の一種である「Staphylococcus epidermidis」や「Staphylococcus warneri」が多く、「Bacillus velezensis」という発酵食品に関連する菌もISSのみそにだけ検出された。それと同時に麹菌(Aspergillus oryzae=ニホンコウジカビ)の残存量が多かったことから、環境要因による微生物間の競合は地球上ほど活発ではなかったことを示唆している。

このほか、みその発酵に不可欠な麹菌のゲノムにも変化が生じていた。ISSのみそに含まれる麹菌は、地上由来の菌株と比較して120以上の変異を示しており、特に第8染色体に変異が集中していたという。これらの変異は、宇宙空間に特有の放射線環境がDNAの損傷と修復過程に影響を及ぼした結果であると考えられる。こうした遺伝的な変化が発酵機能や代謝に及ぼす影響については、さらなる調査が求められる。

宇宙特有のテロワール

香りと味に関する分析では、ISSのみそがエステル(酸とアルコールの脱水縮合によって生成される有機化合物)や、ピラジン類(アミノ酸と糖質が加熱された際に発生する香ばしい匂いの成分)の香気成分を地上のみその数倍多く含んでいることがわかった。特に焼き菓子やナッツを思わせる香ばしさが際立っていた。

研究者たちがガスクロマトグラフ質量分析(気化しやすい化合物の原子や分子をイオン化して、質量スペクトルから化合物の情報を得る手法)でみそに含まれる香り成分の種類と量を測定したところ、ISSのみそにはフェニル酢酸メチルエステルなどの甘い香りをもたらす成分が地上のみそよりも多く含まれていたという。

国際宇宙ステーション(ISS)で発酵させることに成功したみそ。

Photograph: J.D.E.

味の要素では、いずれのみそも旨味成分のグルタミン酸を豊富に含んでおり、みそとしての完成度は高かった。違いは、いずれもアミノ酸の一種であるヒスチジンとアスパラギンの濃度差に表れたという。初期のタンパク質分解の指標とされるヒスチジンは、地球で発酵させたみそのほうが多かった。一方でISSのみそはアスパラギンの含有量が多く、より熟成が進んでいることを示唆していた。

なお、ISSのみそは地球のものより色が明らかに濃かった。これは高温環境がメイラード反応(食品を加熱した際に糖とアミノ酸などの間で褐色物質が生成される化学反応)を促進したことによるものと考えられる。

官能評価でも、ISSのみそを試食した人の多くが好意的な反応を示した。宇宙空間という特殊な環境で発酵させたみそならではの強いロースト香と深い風味について、研究者たちは“宇宙テロワール”の産物であると表現している。テロワールはワインやコーヒーの分野で使われる用語で、産地特有の気候や土壌といった農産物の品質や特徴を決定する要素を指す。

今回の研究の意義は、単に宇宙でみその発酵に成功したという事実にとどまらず、宇宙探査における食文化の価値について議論を促すきっかけになったことにあると、マサチューセッツ工科大学のマギー・コブレンツは語る。この成果が将来的に宇宙飛行士の健康維持とパフォーマンスの向上につながることを、研究者たちは期待している。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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