あの「ネオン」が北米配給 「8番出口」が示す新しい日本映画の可能性
米国の新興映画配給会社ネオンが「8番出口」の北米配給権を獲得したというニュースが、世界を駆け巡った。ネオンといえば、「パラサイト 半地下の家族」(2019年)、「TITAN/チタン」(21年)、「逆転のトライアングル」(22年)、「ANORA アノーラ」(24年)などなど、国籍を問わずエッジの利いたインディペンデントの作品を買い付けてヒットさせ、国際映画祭や米アカデミー賞の供給元となっている。
「8番出口」はすでに30以上の国・地域での上映が決まっているというが、ネオン配給により北米でも26年にアートハウス系で公開される予定で、アカデミー賞に絡むという期待もあながち妄想とも言いきれまい。カンヌ国際映画祭から始まった「8番出口」の世界戦略を読み解いた。
Advertisementカンヌの熱気が後押し
5月のカンヌ国際映画祭で上映された「8番出口」は大受けだった。「ミッドナイトスクリーニング」という深夜上映枠で、各国のホラーやスリラーなどのジャンル色の強い映画の世界披露の場である。
「8番出口」の上映開始予定は、日曜日の深夜0時半。上映会場だった約2300席のリュミエール大劇場は満席で、午前1時近くまで押したのに席を立つ人はなく、主演の二宮和也や川村元気監督が姿を現すと大喝采で迎えられた。
場内が暗くなり、スクリーンに「東宝」マークが登場するだけで再び大きな拍手が湧き、冒頭にラベルの「ボレロ」が鳴り響いて観客をつかむと後はラストシーンまで一直線。終了後はスタンディングオベーションの嵐である。
何度もカンヌを取材して、集まる観客の熱量の高さは承知していた。特にミッドナイトスクリーニングはテンション高めだが、「8番出口」の熱気には驚いた。川村監督が「カンヌの上映を見て、ネオンが北米配給を決めてくれたのだと思う」と振り返ったのも、納得である。
言語の壁越えたチャレンジ
もっとも、カンヌで大受けしたのは偶然ではない。新海誠や細田守らアニメ監督との仕事を通して「日本のアニメが海外にポンと出て行くのに、実写映画はなかなか見てもらえず、悔しく思っていた」という川村監督。「言語の壁を越えてテーマと面白さを伝えられるか、チャレンジした」のが「8番出口」だった。
日本で興行する映画としては、極めてリスクが高い。原作であるゲーム「8番出口」は、世界的にヒットし、主演に国民的アイドルの二宮和也を配したものの、物語性は皆無。映画のほとんどの場面は、二宮が同じ場所をループするだけ。「映画化は無理」と懐疑的な意見が多かったという。
ローカルでグローバル
しかし川村監督は、白い壁の殺風景な地下鉄通路という「極めて日本的なデザイン」と、「地下通路で迷子になる」という国を問わない共通体験の組み合わせに可能性を見いだした。
さらに「“異変”があれば引き返す、なければ進む」というゲームの二択ルールに「小さな選択の積み重ねが未来を変える」という普遍的な人生の真理を重ねた物語を構築。撮影現場でアイデアを出し合いながら、連日脚本を書き換えるという特殊な撮影に挑んだ。
単調な見かけも逆手に取る。「世界で一番有名なループ音楽」であるラベルの「ボレロ」を映画冒頭から響かせ、世界観を暗示する。主人公が何度も通る通路の壁に「エッシャー展」のポスターを掲げ「だまし絵のような空間」を強調した。
現実との曖昧な境界線
加えて、映画「8番出口」が、ゲーム「8番出口」(とそれが象徴する現代のデジタル社会)へのメタ批評的言及となる仕掛けも凝らした。
主人公が通路で何度もすれ違う「おじさん」は、ゲームではCGで作られた映像だが、映画では生身の俳優が無機質に演じている。デジタルがリアルに近づくほど不自然さが浮かび上がる“ブキミの谷”を逆手に取って、デジタルに近づいて“人間以外”の存在となったリアルの不気味さを表現。スマホに夢中な現代人の戯画とも読み取れる。
二宮が演じる主人公が迷宮の中をループする姿を映画館の客席から見守る体験は、ゲームのプレーヤーとしての二宮をその背後から眺める、ゲーム実況と二重写しとなる。
川村監督は「8番出口」を「ゲームの映画化というよりは、現実との境界線が曖昧な映画体験を作ったということ」と位置づける。カンヌでの評価も「ゲームとかAI、CG技術を映画として評論したと捉えてもらえたのではないか」と語る。
ジャンル映画の再構築
「8番出口」は、映画界の世界的潮流にも乗った。近年、ジャンル映画の定型的な枠組みを換骨奪胎して、男性支配や環境破壊といった社会的問題を盛り込み、“社会派ジャンル映画”として再生させた作品が次々と作られている。
ネオンが目をつけるのはそうした作品で、カンヌ以外の映画祭でも、同趣向の作品がこぞって上映され、高く評価されている。リスクを取る意欲、新たな表現への挑戦、社会に向けられたまなざし。そして誰もが楽しめる娯楽性。カンヌが選び、ネオンが目をつけた「8番出口」には、そんな“世界標準”がある。ここには日本映画界の可能性が示唆されているのではないか。【勝田友巳】