7000年前の狩猟採集民が食糧源として山の湖に魚を放流して木製のわなで捕獲していたことが判明

サイエンス

魚は古くから人間にとって重要な食糧源となっており、世界中のさまざまな狩猟採集民によって捕獲されていました。新たに、7000年前のノルウェーの狩猟採集民が山の上の孤立した湖に魚を運び込み、わなで捕獲していたことが明らかになりました。

The introduction of fish to the Scandinavian mountains by hunter-fisher-gatherers 5000 BC | Antiquity | Cambridge Core

https://www.cambridge.org/core/journals/antiquity/article/introduction-of-fish-to-the-scandinavian-mountains-by-hunterfishergatherers-5000-bc/29BD68BA540BA600E05E867CBDF4C6D9

Hunter-gatherers introduced fish to a mountain lake 7000 years ago | New Scientist

https://www.newscientist.com/article/2580119-hunter-gatherers-introduced-fish-to-a-mountain-lake-7000-years-ago/

約1万年前に終了した最終氷期の大半においてノルウェーはフェノスカンジア氷床という氷の塊に覆われており、ノルウェー中南部の大部分はその間にわたり淡水魚の生息に適さない環境でした。そのため、現在ノルウェー内陸部に生息する淡水魚はすべて、氷河が溶けた後に現れたと考えられています。

低地の一部では魚類が水路を伝って自然に定着することが可能で、多くの魚種が内陸部の淡水域に到達しました。しかし、特定の標高より高い淡水域は急勾配や滝といった地理的障壁により、自然な魚類の移動が妨げられていたとのこと。

ノルウェー南部にあるテッセ湖は標高854mに位置する山の上の湖で、紀元前8400年頃までは氷河によって孤立していました。ところが、1940年代に水力発電用の貯水池に改造される以前のテッセ湖はノルウェーで最も豊かなブラウントラウトの生息域のひとつとされ、年間9トンもの漁獲量を誇っていました。

以下がテッセ湖(Lake Tesse)の位置を示した地図です。

長らく、テッセ湖にブラウントラウトが定着したのはおそらく人間の仕業だろうと考えられてきました。実際に周辺の山脈では約7000年前の焼けた魚の骨が見つかっており、それがブラウントラウトであることが分類学的研究で確認されています。最近までテッセ湖のような高地の湖に生息する魚はブラウントラウトのみであり、鳥などによって自然に拡散したという考えでは、ブラウントラウトだけが拡散した事実が説明できません。 しかし、いつの時代にブラウントラウトが持ち込まれたのかは不明でした。そこでノルウェー・オスロ大学の研究チームは、2022年にテッセ湖の水位が下がった際に見つかった「古い木製の魚取り用わな」の分析を行いました。 以下の地図は、赤い部分がテッセ湖沿岸にある石器時代の定住跡を表しており、青い枠で囲われた範囲が古い木製のわなが見つかった場所を表しています。

放射性炭素年代測定の結果、最も古いわなは紀元前4950年頃、つまり約7000年前のものであることが判明しました。また、より新しいわなの一部を構成する木材の年輪を、中央スカンジナビア山脈で入手可能な松の年輪年代記録と照合したところ、一部の木材は紀元前2669~紀元前2668年に、別の木材は紀元前2657~紀元前2656年に伐採されたものであるとわかりました。

この結果は、テッセ湖で使われていた古代の魚取り用わなは、良好な状態を保つために定期的にメンテナンスされていたことを示唆しています。論文の筆頭著者であるアクセル・ミャルエム氏は、「この種のわな漁は紀元前5000年~紀元前2650年の大半にわたり、テッセ湖で行われていた可能性があります」と述べました。

以下の写真で点線で示された部分に、古代の魚取り用わながあったとのことです。

人間の手によってしか持ち込まれないであろうブラウントラウトを狙ったわなが、約7000年前の時点で仕掛けられていたということは、それ以前にブラウントラウトが人間によってテッセ湖に持ち込まれていたことを示唆しています。 ノルウェーの山岳水路に生息するマス類の遺伝的多様性は、過去に魚の人為的な放流が行われたことを示しており、実際に12世紀ノルウェーの石碑にも魚を新しい湖に運んだことが記されています。古代の人々がどのようにしてブラウントラウトをテッセ湖まで運んだのかは不明ですが、水筒のようなものに水と魚を入れて運んだ可能性があるとのこと。 ミャルエム氏は、古代の人々は夏の間は山に滞在しながらトナカイ狩りや漁をして、冬になると気候が穏やかな谷間や海岸沿いで過ごしたのだろうと推測しています。「安定的かつ良好な食糧供給により、大型の獲物を狙う狩猟者だけでなく、家族全体でのより長期の滞在が可能となりました」とミャルエム氏は述べました。

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