中国が仕掛ける「記憶戦争」、共産党の正統性うたう習氏の標的は台湾

中国軍が1940年に日本と激戦を繰り広げた山岳地帯の博物館。その雨に煙る館外に設置された巨大スクリーンには、中国共産党の習近平総書記(国家主席)の映像が流れていた。

  山西省陽泉を7月に訪れた際の様子を収めたこの映像では、習氏が展示を見学する学生たちに対し、「共産党は抗日戦争における国家の中枢だった」と語る場面が映し出されている。

  約85年の時を経て中国人戦死者を追悼するという習氏の行動は、第2次世界大戦を巡る国際的な議論の再構築を目指す、より大きな取り組みの一環だ。

  そうした犠牲を強調することで、習氏は共産党率いる中国を米国と並ぶ戦勝国として位置付けようとしている。たとえ歴史的に見て、抗日戦争を主導して戦ったのは国民党であって共産党ではなかったとしてもだ。

  ロシアのプーチン大統領は今回の訪中前に第2次大戦の歴史問題に絡み日本を批判。習氏も歴史を利用し、自身の目的達成と愛国心の喚起を図っている。

  中国国内では雇用情勢の悪化や住宅問題が深刻化しており、その中で習氏は、台湾に関する中国の主張を強化し、戦後国際秩序の柱を成す自国の地位を確立しようとしている。一方、トランプ米大統領は米国が長年主導してきた国際機関から距離を置く姿勢を示している。

  こうした習氏の方針は、北京で3日行われる軍事パレードで鮮明に示される見通しだ。日本の正式な降伏から80年となる節目を記念するこの式典は、習氏にとって10年にわたる政治的プロジェクトの一環である。中国全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は2014年、9月3日を「抗日戦争勝利記念日」と正式に定め、初の記念パレードを実施した。

  米ブルッキングズ研究所が先週公表した論文でカイナン・ガオ、マーガレット・ピアソン両氏は「軍事的な威容や、各国の戦争貢献を可視化するこれらのパレードは、継続中の『記憶戦争』の一部だ」と指摘。「共産党を含めた中国の犠牲と貢献が西側で忘れ去られていることを喚起することで、過去の『誤り』をただす正当性を強めようとしている」との見方を示した。

  北京の天安門広場に習氏とプーチン氏、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記、イランのペゼシュキアン大統領が並び立つ光景は、米国を含まない新たな国際秩序の中で、こうした体制の国々がより自由に動ける環境が生まれていることを象徴するものとなる。

  今回の軍事パレードは、習氏が主催した首脳会議の直後に実施される。この首脳会議では、ウクライナ侵攻後のロシア支持を巡り西側から警告を受けているインドのモディ首相との関係修復にも乗り出した。

  中国の犠牲を強調することで、中国政府は自国が戦後国際秩序の正当な柱であるとの立場を強調している。2日に行われたプーチン氏との会談で、習氏は両国の軍事パレードへの相互出席について、「第2次世界大戦の正しい歴史認識を守るという強い決意」の表れだと述べた。

  さらに、習氏は「志を同じくする国々」と連携し、「より公平で公正な」国際統治の仕組みづくりに取り組んでいると語った。

台湾

  歴史を政治的に利用するのは中国に限らない。プーチン氏は旧ソ連の歴史を利用して国民の支持を得ようとし、ウクライナ政府が「ファシストに支配されている」と虚偽の主張を展開して自国の侵攻を正当化しようとしている。

  アジアにおいて中国の戦争観がどう描かれるかは、領土問題や外交上の対立にも影響を及ぼしている。その根底にあるのが、第2次大戦中の協定だ。北京は、これらの協定が台湾に対する正当な主権の根拠だと主張している。

  中国は米英中首脳による1943年の「カイロ宣言」と45年の「ポツダム宣言」を重視。一方、西側諸国は51年のサンフランシスコ講和条約を公式な戦争終結文書として扱っている。この条約では、台湾についての文言が曖昧で、日本に台湾を「放棄」するよう求めているものの、それを中国に返還するとは明記されていない。

  日本の敗戦後、台湾は中華民国政府(当時の国民党政権)が接収した。

  北京で2015年に行われた記念行事では、習氏は台湾に対して比較的融和的な姿勢を取っていた。例えば演説で、習氏は「中国人民」による抗日戦勝利とのみ述べ、国共両党の違いには触れなかった。

  10年前は中台関係が数十年ぶりの好転期にあった。習氏は当時の台湾総統、馬英九氏との初会談を控えていた。そうした状況が、結束を強調する動機となっていた。だがその後、中台関係は悪化の一途をたどっている。

  それでも、3日の軍事パレードで新たな兵器の公開が予定されているとはいえ、習氏が近く台湾侵攻に踏み切る兆候は見られない。

  とはいえ、台湾の現与党、民主進歩党(民進党)は、台湾は事実上独立しており中華人民共和国の一部ではないと主張しており、これに中国はいら立ちを隠せないでいる。中国が台湾への軍事的圧力を強める中、中台間の緊張が高まっており、双方とも自らの立場を正当化するため歴史解釈を利用しているように見える。

  台湾の大陸委員会は、中国共産党が対日戦争を主導したとする主張は虚偽だと非難。民進党の賴清徳政権は、台湾政府高官および元国防・情報・外交部門の高官が北京の軍事パレードに出席することを禁じた。

  一方で、台湾内に中国との関係強化を望む声も残っている。台湾の主要野党、国民党で初の女性主席を務めた洪秀柱氏もその1人だ。

  中国国務院台湾事務弁公室の朱鳳蓮報道官は台湾の賴総統について、「第2次世界大戦の歴史をゆがめ」、戦後秩序に挑戦し、台湾独立を図っていると批判している。

  共産党が国内外での正統性を一層強化しようとする姿勢は一段と強くなっている。中国が政治的に近いとしていた国民党にも矛先が向けられている。習氏の主導で19年に設立された中国歴史研究院という政府系シンクタンクは先月、対日戦争における国民党指導部の「美化」を非難する論評を発表した。

  米ジョージタウン大学で中国近代史を教えるエミリー・マットソン氏は「中国共産党こそが最初から日本に抵抗していた、という物語に沿う内容だ」と言う。同氏はこの歴史認識の変化についての研究も行っている。

  陽泉では今も、習氏の来訪を伝えるニュース映像が広場の大型スクリーンと館内の小型テレビで繰り返し放映されており、日本に勝利したことと、今日の中国の繁栄は全て共産党の指導のおかげだというメッセージが流され続けている。

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原題:Xi Wages ‘Memory War’ to Rewrite WWII History With Eye on Taiwan (抜粋)

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