「消えたコメ」の謎は解けず、価格高騰が消費者や政策翻弄-備蓄米放出
食卓の主役であるコメの値上がりが止まらない。供給不足の原因が不明のまま、コメ価格高騰の影響は家計だけでなく日本銀行の金融政策にも波及している。政府は今週、コメ需給逼迫(ひっぱく)の緩和に向け、備蓄米の放出を開始した。
コメ価格は、昨年夏ごろから上昇が続いている。秋の収穫量は前年を上回ったため、コメ不足はすぐに緩和されるとみられていたが、今年に入って価格はさらに高騰。政府は備蓄米の放出を余儀なくされ、10日から入札を実施した。3月下旬にもスーパーなどの店頭で販売される見通しだ。不作や災害などの緊急時以外の流通円滑化目的での放出は初めて。
日本のコメ流通の仕組みは複雑で、生産者は一般的に「集荷業者」と呼ばれる仲介業者にコメを渡し、その業者が卸売業者に割り当て、卸売業者が小売店やレストランに販売している。2024年に収穫されたコメは前年比で約18万トン増加したにもかかわらず、集荷業者が集めたコメは今年1月末時点で同23万トン少なかった。農林水産省は、この「消えたコメ」の所在を明確には説明できていない。
「(コメは)間違いなくある」。江藤拓農林水産相は2月21日の記者会見でそう述べ、「どこかに隠れてしまって足りないということはあるが、総量として足りないという認識はない」との見解を示した。
価格高騰は、昨年8月に政府が南海トラフ地震発生の可能性について臨時情報を発表してから加速した。23年産のコメが高温による不作で既に供給が薄い中でパニック買いが起こり、臨時情報の呼びかけが終了した後も価格は下がらなかった。
コメの店頭価格は、2月24日の週に5キログラム当たり平均3952円と、前年比で95%上昇した。価格高騰を受け、コンビニエンスストア大手、セブン-イレブン・ジャパンも1月におにぎりや弁当など一部米飯商品を値上げした。
こうした物価の高止まりが続けば、2%の「物価安定の目標」を掲げる日銀に追加利上げを促す要因になる。日銀は1月の金融政策決定会合後に公表した展望リポートで、消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)について、前回の見通しと比べて24年度と25年度の見通しがコメ価格上昇などの影響で上振れていると説明している。
「家庭ではコメの購入頻度は高いため、日銀はコメ価格の上昇を無視できない」と、SOMPOインスティチュート・プラスの小池理人上級研究員は分析する。
消費者の不満
コメの流通は以前、集荷業者を中心に規制されていたが、04年の食糧法改正で計画流通制度が廃止され、流通と販売が原則自由化された。最近SNS上では、農作地帯を車で駆け巡り、直接コメを買い占めているグループについての情報などが飛び交っている。
「誰かが悪意を持って暗躍しているわけではない」と滋賀県のコメ農家、家倉敬和氏は言う。「投機的な狙いでコメをストックしている中間業者もいるかもしれないが、それを誰も責められない。ビジネスとして当然のことだ」と述べた。
物価高騰に対する消費者の不満の高まりは、自由民主党が過半数を割り込んだ24年10月の衆議院選挙にも影響を及ぼした可能性がある。政府は今年2月、コメ価格の安定に向け備蓄米の放出を決定した。
しかし、消費者の不満は収まらない。東京都内のあるスーパーでは、コメの棚は依然として半分も埋まっておらず、「1家族1袋まで」と書かれたはり紙が貼り付けられていた。
「最近コメは買っていない、高過ぎる」。買い物に訪れた尾関豊さんは、食パンをエコバッグに詰めながら「高騰は政権のせいだ」と話した。コメが店頭に並んだら購入を検討するという。
価格競争
20トン以上を取り扱う集荷業者は届け出制で、コメの移動は政府に報告しなければならない。最も規模が大きく、市場流通量の約半分を占めるのが農業協同組合(JA)。その他にも数百社の仲介業者が存在するが、多くは長年にわたって同じ取引関係を持つ小規模な地元企業だ。
栃木県で農業法人の代表を務める海老原秀正氏によると、集荷業者間の競争は激化している。小規模な業者は、通常JAよりも300-500円高い価格で、玄米60キロを買い取っていた。しかし上乗せ額は今、3000-4000円にまで上昇しているという。
それだけコメが逼迫していて、仕入れ値が高くても売り先があるのだろうと海老原氏は言う。今回の高騰を受け、農家による自主流通がより盛んになると予想。「その方が良い競争が生まれる」との見方を示す。
政府が発表する収穫量に疑念を抱く農家や集荷業者もいる。天候が温暖であれば理論上の収穫量は増えるが、昨年の夏は記録的な猛暑で、多くの生産地で収穫量が減少した可能性が高いとの見方もある。
岡山県でコメ農家を営む高田正人氏は、「誰がコメを隠しているか分からないが、作況指数が実際はもっと低いのではないかと思っている」とし、「高温障害の影響は必ず受けているだろう」と述べた。
進む農業離れ
約100万トンを保有している政府は、「消えた」とされるコメの不足分を補うため、計21万トンの備蓄米を放出する計画だ。
農業市場研究を専門とする東北大学の冬木勝仁教授は、たとえ追加供給があっても価格は下がらない可能性があると指摘する。完全価格指定で小売りや外食に売るべきだったとし、集荷業者を対象とした入札の実施について、政府の方針が反映されやすいところに放出するのだろうと分析する。
コメは日本人の主食であるにもかかわらず、稲作は衰退の一途をたどっている。農水省によると、日本のコメ農家の平均年齢は約71歳で、個人農家の数は15年から5年間で25%減少した。コメの収穫量自体も減少傾向にある。
酒造大手、白鶴酒造の水谷仁生産本部長は、コメ農家の経営は過酷だと指摘。時給は低く、休日も働く農家もあると聞いたことがあると言う。「日本の農業は高齢化が進み、農業離れが進んでいる」とし、「農業をやめる人が今後さらに増えていくと供給が追い付かなくなり、長期的に値上げ傾向は続くだろう」と述べた。