横並び志向の若者たちが「自己成長」で就職先を選ぶ複雑な心理(PHPオンライン)

しかし、『働きマン』の時代は、仕事をしている実感に「やりがい」を求めていた。 たとえば、主人公である雑誌編集者の松方弘子は、仕事に対して「仕事してて最高に気持ちいい瞬間」「どれもやってて楽しい!!」(1巻)など、気持ちよさや楽しさを語る。それは仕事という行為に対する実感である。そして仕事について迷うときも、「でもあたしのやりたい事ってこれだっけ?」「結局好きな事をやるためには目の前の課題をやるしか無いのか」(4巻)など、自分がやりたいことをやる、好きなことをやる、という行為に対しての悩みを語る。 つまり、松方にとって仕事とは気持ちよさや好きといった実感の先にあるものである。これはいわば「やりがい」と呼ばれる実感のことだろう。 マイナビ実施「大学生就職意識調査」によれば、企業選択において2001年時点で「自分のやりたい仕事(職種)ができる会社」が48.2%(首位)でほぼ半数が選んでいたのに対し、2024年時点では28.6%とかなり落ち込んでいる。「やりたい仕事」はこの20年間で、仕事の夢ではなくなっている。代わりに「安定している会社」が伸び、そして先ほど見たみらい研究所実施の調査によれば「成長」も伸びつつある。 要するに、仕事に求めるものが「やりがい」から「成長」「安定」に変化している。 この理由は、今まで見てきたとおり、「やりがい」よりも「成長」「安定」のほうが「報われやすい」からではないだろうか。  仕事のやりがい=報われにくい  仕事の成長・安定=報われやすい やりたい仕事をやることは、楽しい、嬉しい、という実感をもたらす。しかし、目に見える報われた証は残らない。ただ自分の感情や実感が残るだけだ。 一方、成長できる仕事をしたり、安定した企業に入ったりすることは、目に見える報われた証――たとえば数値化された実績や給料や転職の履歴書に書ける項目――が残る。 『働きマン』の松方は、「何のために仕事をするのか」と何度も自分に問いかける。作中、一人の男性が「自分の為」であると答える。自分の楽しさや自分の気持ちよさを実感するため。それはたしかに、仕事をする意味の一つだろう。 しかしその先に――楽しさや気持ちよさを実感した先に――何も残っていないと、不安なのだ。古屋が『ゆるい職場』『会社はあなたを育ててくれない』で語っていたのは、そういうことだった。報われた証が残っていないと、成長や安定という数値で見せてくれないと、不安になってしまう。 頑張った意味がなかったのではないか。そう感じてしまうのだ。 思えば『ようこそ!FACTへ』の渡辺も、「自分がここにいる意味」を求めて陰謀論の勉強に勤しんでいた。偶然ではなく意味がほしい。だが本当は、世界に意味なんてほとんど存在しない。その事実を渡辺は受け入れられない。 『働きマン』は、そんな世界に対して「意味なんてなくてもいい」と提示する。 --------------------------------------------------------- 「仕事とかプライドとか礼儀とか真面目にやることとか常識とかさまざまなこと それの7割は無意味だ いや訂正 意味などそもそも なくてもいいのだ」 (『働きマン』1巻) --------------------------------------------------------- 意味がなくても、生きていくために、ある人はラーメンを食べ、ある人は仕事をして、ある人は何かを学ぼうとする。しかしそのラーメンも仕事も勉強も、「おいしい」や「楽しい」という行為そのものの実感が存在するから、意味に対抗することができる。 夕焼けがきれいだとか、誰かが好きだとか、実感こそが、意味に対抗できる。『ようこそ!FACTへ』もそういう物語だったはずだ。 だが、行為の実感よりも、行為が結果として報われるかどうかという意味付けのほうが、強くなってしまっている。――私たちが生きている世界はいま、そうなっているのかもしれない。 いまや、行為の実感だけでは足りない。行為をした意味がないと、報われないのだ。

三宅香帆(文芸評論家)

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