「もしロシアがウクライナに勝ったら?」ロシア軍の“真の狙い”が明らかに…専門家が予言する“3年後のシナリオ”とは(文春オンライン)|dメニューニュース

『もしロシアがウクライナに勝ったら』(カルロ・マサラ 著/鈴木ファストアーベント理恵 訳)早川書房

 なんとも衝撃的なタイトルだ。私も薄々、ウクライナは敗北するかもしれないと思っているが、その先が読めない。

 本書の冒頭では2025年、米国と中国の仲介のもとでロシアとウクライナは「ジュネーブ和平条約」を締結。ウクライナ領土の20パーセントがロシアに割譲された。

 本書の魅力は、戦後の国際情勢が生々しく語られていることにある。場面は2028年、エストニアのナルヴァ市内で「爆発音で、住民たちは夢から現実に引き戻される」。ロシア軍が侵略してきたのだ。

 平和への夢が破られる。著者はウクライナへの軍事侵攻はNATOとの前哨戦で、バルト三国への再侵攻こそ、ロシアの本当の野望だと容赦ない。

 ここで、ナルヴァ市について少し説明しよう。ロシアと国境を接し、人口は5万人ほど。16世紀半ばに一旦ロシア領に併合され、ソ連最大級の紡績工場があった。現在でも人口の8割がロシア人だ。

 ロシア軍の侵攻直前、住民がロシア語の使用権が奪われていると訴えていたという。ロシア軍は彼らの権利を保護する名目で侵攻した。ウクライナと同じ口実である。

 でもウクライナと違って、エストニアにはNATO軍が駐留している。西側の首脳に動揺がはしる。

 仏大統領「対NATO戦であるとは考えにくいように思います。エストニアのロシア系住民を守るためでしょうか?」

 独首相「ロシアはNATOの領土を攻撃したのです。そのような挑発行為に対して手をこまねいて見ているわけにはいきません」

 米大統領「私は、エストニアの小都市1つのために第三次世界大戦のリスクを冒すつもりはありません」

 本音丸出しのトークは圧巻だが、足並みの乱れこそ、ロシアの思う壺だ。NATOは機能不全に陥った。

 ロシア軍幹部「(ロシアを)精神的に後進だと見ている。帝国主義の『遺物』のようなロシアは、何をしでかすかわからない、と。だが、それこそが我々のアドバンテージなのだ」

 西側の抑止力が利かず、核使用に踏み切るかもしれない。後進性に裏打ちされた凶暴性と予測不能性こそが、ロシアの真髄なのだ。悪意によって歴史が歪められ、約束が簡単に裏切られる。著者はロシアの核脅威に翻弄される欧米諸国、そして中国とインドの台頭で世界秩序の崩壊を描く。当然、日本も飲み込まれる。

 もっとも本書はフィクションであり、夢中になって読み進んできた自分に気づく。3年後のシナリオを想像することで、読者は現実の姿をより鮮明に俯瞰し、アドバンテージを得ることができるのだ。著者は「読書をお楽しみいただければ幸いだ」と控えめだ。その一言で大胆な記述の信憑性が高まり、「読書の秋」にお薦めの一冊となった。

Carlo Masala/ミュンヘン連邦軍大学教授。専門は国際政治。ローマのNATO国防大学での研究活動を経て、2007年より現職。ドイツ連邦安全保障政策アカデミー(BAKS)の科学諮問委員会委員、ドイツ連邦議会のアフガニスタン・ミッションに関する調査委員会の委員なども務める。  

なかむらいつろう/1956年、島根県生まれ。筑波大学名誉教授。著書に『シベリア最深紀行』『ロシアを決して信じるな』などがある。

(中村 逸郎/週刊文春 2025年9月11日号)

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