「最先端GPUがマストではなくなった」DeepSeekのインパクトを半導体の専門家に訊く
NVIDIAなど、トップクラスのAI企業の株価が急落するほどのインパクトを与えたDeepSeek。
DeepSeekショックとまで呼ばれた一件でしたが、何が、どうそこまで凄いと言われているコトになっているのか、理解が及びにくいところがありますよね。
そこで、長らく半導体事業に関わってきた、元インテルの安生健一朗(あんじょう けんいちろう)さんに、具体的なところをお聞きしました。
NVIDIAが強かった理由
──さっそくですが、安生さんはDeepSeekの一件をどのように見ていますか?
安生:DeepSeekがなぜすごいのかというのは、いろんな方がいろんな視点で語られていますね。私からは、半導体の視点からお話させてください。
いままで、いわゆるデータセンターとかサーバーで使われる半導体って、「力技」でパフォーマンスを上げてきたんですよね。たとえばアメリカだとGoogleとかMetaとか、Amazonとか、AIを活用しているプレイヤーがいます。彼らはお金をかけて、巨大なデータセンターを作って、大量の電力を注ぎ込み、そこでガンガン大量のデータを学習させて、AIモデルを構築してきました。その中で成功した一人がMicrosoftと協業したOpenAIでした。
AI開発に必要な、大量のデータを学習させるうえで重要になるのが、浮動小数点演算のベクトル計算とか行列計算ができる半導体です。そして、これができるアーキテクチャを持っているのがNVIDIAなんです。
NVIDIAはなぜそんなに強かったのか。なぜIntelやAMDではなかったのかというと、求められたのがグラフィックスの処理性能なんです。グラフィックスって力技の代表なんですよ。
──グラフィックスの性能が、AI演算においてそんなに効果あったんですか
安生:グラフィックス処理は、たくさんのピクセルを並列に処理するためのアーキテクチャです。実際にはAIではグラフィックス処理はしないですが、そのアーキテクチャがAIの学習に向いてるよね、と使われ始めました。さらに性能を上げるために、グラフィックスチップではなく、似たような構造でAIチップに派生させたのがNVIDIAなんですよね。
そうしてチップそのものの面積を増やし、処理性能を高めた最先端のプロセッサを使って力技で勝負しよう。その代わり電力も要るけどね、という流れで進化してきたわけです。
AIを開発する側からしてみたら、半導体の性能が勝手に上がってくれるんだから、それをガンガン活用すればよかったんですよ。今までは。
アメリカの半導体輸出規制が中国のエンジニアを発奮させた?
──その潮流が変わったんですね
安生:アメリカは中国に対して半導体の輸出を規制して、中国のエンジニアのAI開発を困難にしようとしました。最先端の、力技で作られたチップを入手できなくしちゃったんですね。
よくて一世代前の性能のチップしか入手できない環境で、どうしようと試行錯誤して生まれたのがDeepSeekなんです。規制されているのはAIの分野だけではないので、DeepSeekに限らず、中国のソフトウェアエンジニアたちはみな頭を使って、最先端のチップがない中どうやって勝ったらいいのかを考えたわけです。その代表例のひとつがDeepSeekで、今後もいろんなAIが登場してくると思います。
DeepSeekはどうもかなりローレベル(マシン語のような、低水準言語)なコーディングを駆使して、アーキテクチャの根幹に踏み込んで、コードを最適化しているようですね。
これは、いままで大規模なAIを開発する人たちには求められてなかったことです。なぜなら、半導体が時間とともに進化してくれるから、チップの価格 や電力コストは上がってしまうかもしれませんが、お金さえあれば解決できたわけです。だけど今回、お金で解決できない立場の人が、頭を使えば優れたAIモデルが作れるというのを証明したと思うんですよ。
私は、アルゴリズムを開発するエンジニアたちがしっかり頭を使って開発することは、技術の流れとしてすごく良いことだととらえています。
「お金を持つプレイヤーが勝つ」という業界構造が、DeepSeekの一件によって変わるでしょう。
もっとアルゴリズムレベルで最適化しようぜ、となり、半導体の業界構造も変わると思います。GPUのプレーヤーでいえばAMDも存在感を高めるでしょうし、インテルはAI向けはまだビジネスをスタートさせたばかりの状態ですけども、いずれ、アルゴリズムを工夫するメソッドでコストを抑えたGPUを活用し、すごくいいAIモデルが開発されることはあり得ると思います。
第二、第三のDeepSeekが出てくる時代
──マイクロソフトがDeepSeekを導入したというのも、大きなトピックとなりました
安生:DeepSeekはもう一つ、重要なことをしています。AIモデルをオープンソースで公開したことです。
OpenAIのような非公開のモデルと異なり、オープンソースモデルはさまざまな環境で使われるようになりますし、開発する側からしてみたら、ソースを見て真似ることができる。
これらの理由によって、スーパーハイエンドな半導体を使わなくても、ミドルエンド、もしくはローエンドのチップでも優れたアルゴリズムを開発できる。これが今後のAIテクノロジーとしての土台になるんじゃないか、と感じています。
──これからのAI開発において、ハイエンドな半導体を調達できなくても戦っていけるでしょうか。
安生:今回、DeepSeekが使ったと言われている半導体は旧世代のAシリーズ(RTX 30シリーズで採用されたAmpereアーキテクチャ)かHシリーズ(Hopperアーキテクチャ)といわれています。最先端としてはBシリーズ(Blackwellアーキテクチャ)があるわけですが、DeepSeekの登場によってハイエンドな半導体、つまりBシリーズのニーズが極端に下がるわけではないでしょう。従来の延長線上で開発できるというメリットがありますから。
ただDeepSeekは「最先端のチップを入手したものが勝つ」はずだった業界に対して、1-2世代前のチップでも、トッププレイヤーに追いつけることを実証しました。
これは、開発者のモチベーションに与える影響も大きいです。多額の資金を持たないプレイヤーも、頑張ればトップレベルへ駒を進められるという意欲を湧き立たせる。私はそのインパクトがすごく大きいと感じています。
──たとえば音楽市場では、レコードがCDになって、さらにストリーミングになったら、1曲の単価は下がりつつも市場規模はどんどん大きくなりました。AI市場も同じように、制作者が増えることで市場がとてつもなく大きくなる可能性があるんじゃないかと感じました。
安生:本当におっしゃるとおりだと思います。DeepSeekのAPI利用のコストも相当安く提供していますし、AIに触れる人も、企業も増えると見ています。
DeepSeekが中国の企業ということもあって否定的な意見もあります。でもDeepSeekの手法を取り入れて生み出された新しいモデル、新しいサービスは、中国に限らず日本やほかの国から出てくることも考えられます。
そうなればOpenAI一択じゃなくて、第2、第3のDeepSeekを選ぶようになるかもしれませんし、おっしゃるような音楽市場のような市場原理、競争原理が絶対に働くと思いますよ、AIの世界でも。
安生 健一朗 (工学博士、株式会社 K-kaleido 代表取締役)
NECにて研究者として半導体回路からプロセッサーアーキテクチャーまで広い研究分野に9年間従事。その後、インテル株式会社にて17年間にわたり、主にパソコン製品の技術責任者として、日本におけるPC向け製品・技術戦略をリードしつつ、スポークスパーソンとして、製品発表やマーケティングイベントにて製品の魅力を解説。さらに、ゲーミング・クリエイター・AI PCというPCの新規マーケット活性化プログラムを推進。
現在はサイバーセキュリティ企業に従事する傍ら、2024年12月には株式会社K-kaleidoを起業し、技術コンサルティング事業やAI PC向けのアプリストアを中心としたビジネスを展開( https://k-kaleido.com )。