トランプの情報戦(認知戦)に踊らされる日本メディア

ジャーナリズム

トランプ米大統領の関税戦争の裏には、計算の上に立った情報戦(認知戦争)が仕込まれているという指摘を聞くようになりました。日本の新聞、テレビも認知戦に踊らされ、相手の思う壺にはまっているような気がしてなりません。日本メディアは米国の反トランプ系、リベラル系の反応、主張を下敷きにしている。関税戦争、市場の混乱ばかりに目が行き、トランプ氏が仕掛ける戦法の分析が欠けているように思います。

トランプ大統領 ホワイトハウスXより

世界を相手にした異常な関税引き上げ、朝令暮改のような90日間の停止措置、その間の金融市場の乱高下を受け、「なぜこんなバカなことをトランプはするのか。バカなことと知りつつトランプは世界を攪乱しているのではないか」、「日本のメディアのトランプ報道は表層的すぎないか」という角度からも、分析する必要があると、私は感じるています。

新聞・テレビでなくSNS(ユーチューブなど)が報じる解説、分析をみていましたら、日本の従来型メディアがあまり取り上げない識者の発言もかなり多い。玉石混交のSNS論壇では、鋭角的なトランプ論も少なくなく、既存メディアには物足りない画一的な主張が目立ちます。

独裁者・トランプ氏は、合理的に思考する人材を排除していますから、ますます独裁者化し、その方が情報戦を仕掛けやすい。認知戦を成功させるために、意図して独裁者になろうとしてきた。「独裁者になって民主主義を破壊するのか」という批判に対していは、「既存の民主主義の秩序、国際秩序を破壊、再構築するのが私の目的だ」と、トランプ氏は考えているに違いない。

外務省OBのインテリジェンス専門家・佐藤優氏が何日か前、「トランプは認知戦の天才だ」と指摘しているのを読みました。トランプ氏は明らかに乱暴、無謀であり、その人物を「認知戦の天才」と聞かされると、「なんなのそれ」と思います。「認知戦」とは、一般の人たちには聞きなれない用語です。

佐藤氏は苫米地英人(米カーネギーメロン大の計算言語学博士)とユーチューブで対談しています。苫米地氏は「認知戦」の専門家で、英語でいう「Cognitive」(認知)Warfere(戦争)」は「自分の造語」だといっています。「Recognition」(認識)を短縮したのもかもしれません。在米の日本人、国際政治アナリスト・伊藤貫氏も同じ考えなのか、「トランプ氏は100年に一度の大革命家」といっています。

認知戦とは「陸海空、宇宙、サイバー空間と並ぶ6番目の戦闘領域で、心理戦、情報戦とも重複する」、「人間の心理や認識を操作して、意思決定は行動を変化させる」、「情報学、脳科学、認知心理学、社会工学、人工知能といった様々な技術を統合する」などと、解説されています。

メディア・コントロール(報道機関への影響力行使)もその一つなのでしょう。そういう目で日本の新聞の社説を読んでみますと、どの新聞も同じようなトランプ批判ばかりが目立ち、トランプ氏を認知戦という角度から切り込んだ指摘は見かけません。

朝日新聞社説は「国際経済を大混乱に陥れ、その半日後に脈絡もなく方針を転じる(相互関税の90日間の停止)。朝令暮改には、緻密な戦略があるとは考えられない。この無責任極まりない大国のふるまいを(われわれは)最大限に非難する」、「トランプ氏の翻意は、市場の反応が自分の想定を超えたからだろう」と、口を極めてトランプ氏をののしっています。

朝日新聞がここで考えるべき論点は、「そんな無謀な振る舞いをトランプ氏はなぜするのか」です。私には、トランプはそんなことは分かったうえで、無謀な振る舞いをしているように思えてはならないのです。朝日の「米政権を覆う政策決定過程の稚拙さを露呈した」という批判も、意図的に稚拙な振る舞いをしているようにしか思えない。国際社会も市場も大騒ぎ、大混乱に陥れるのがトランプ氏の狙いのようにもみえる。

表層的な現象ばかり追わず、トランプ氏の狙いは何なのかこそ分析してほしいと思うのです。読売新聞社説は「相互関税はあまりにも利己的で、自由貿易体制を破壊する暴挙である」と、批判します。私もそうだと思います。問題は、トランプ氏がなぜそんな振る舞い続けるのかの分析こそ聞きたいのです。

「トランプ氏はこれまでの国際経済秩序を破壊、革命を起こし、再構築すことを目指している」との指摘があります。読売の批判も表層的であり、なぜそんなことをするのかの分析が必要です。トランプ氏はグローバリゼーションが米国の製造業の基盤を破壊したとして、反グローバリゼーションの立場をとっています。米国人の相当部分も、グローバリゼーションの被害者だと思っているようです。

日経新聞の社説は「自由貿易体制を覆すトランプ関税には一辺の道理もなく、直ちに全面撤回すべきだ」、「中国との報復合戦が激化している現状は、憂慮せざるを得ない」と、批判します。正しい指摘ではあっても、トランプ氏に狙いが既存の秩序の破壊であり、破壊した上で別の秩序を構築しているように思います。そこを鋭く突いた社説を読みたいももです。

トランプ氏は貿易赤字のことばかり取り上げ、米国の金融、サービス業(GAFA)が世界で圧勝していることには一切言及していません。なぜなのか。超富裕層の多くが米国人であり、焦点を当てているのは、さびついた製造業の問題に力点を置いています。

狙いは「中国の覇権を阻止する。関税で壁を造ってもでも阻止する」、「26年の中間選挙で勝ち、その勢いで憲法の大統領の3選禁止を事実上、修正し、長期政権を狙う」、「世界が大混乱に陥り、製造業のサプライチェーンが寸断された場合に備え製造業を再構築しようとしている」など、いろいろあるでしょう。メディアには多角的な分析を望みます。

編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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