生命科学領域総括に聞く―誕生から老化まで生命の謎に迫る―
理研の強みである総合力を生かし、戦略性をより重視した効果的な運営を行うため、理研が2025年度から導入した五つの「研究領域」の仕組み。それぞれの研究領域には、国際的に卓越し、学問的にも研究運営においても極めて高い見識を有する科学者を「領域総括」として据え、高度な専門知にもとづく分野横断的な協働をうながし、「新たな知の創出」を加速します。領域総括とともに研究の推進を支えるのは推進部長たちです。
研究者と事務部門、双方の視点で、「生命科学領域」が目指すものを聞きました。
- 生命科学領域
- 異なる階層・時間軸・種間の横断、ゲノムやエピゲノム、さらには環境要因を含めた複雑な生命メカニズム全体に至る、生命の本質と総体に迫る。
西田 栄介(ニシダ・エイスケ)
領域総括
生命科学では20世紀までは、個人の力で大きな成果を得ることも可能でした。しかし、生命という複雑なシステムの解明は、研究者一人一人の発想と好奇心を生かしつつ、チームで臨まなければ達成できません。いまや生命科学は生物学だけでなく、計算科学や工学が絡む総合科学となり、劇的な進歩のあったAIをいかに活用していくかが問われています。
私は2018年、生命機能科学研究センター長として理研に着任し、線虫や小型魚類を使って老化や寿命を研究してきました。長寿大国と言われる日本ですが、元気で過ごせる期間を示す健康寿命は平均寿命に比べて男性で約9年、女性で約12年も短く、大きな社会課題です。
健康寿命の延伸目指す
四つの研究センターで構成される生命科学領域では、「トータルライフサイエンス」を掲げました。これは、誕生から老化にいたるトータルライフサイエンス、心身の健康、疾患の原因と治療などに取り組むものです。理研の総合的な強みである計算科学やAI、ロボティクスなどを駆使し、健康寿命の延伸、革新的な創薬や医療技術の創出などに貢献し、少子高齢化をはじめとする社会課題の解決を目指します。その実現のために、大学や企業との連携も一層深めていきます。
生命医科学研究センターは、免疫・アレルギー疾患などの新たな治療薬・治療法の開発に貢献します。そのために分子・細胞の挙動を精緻に計測し、個々の臓器を超えて全体的に見る「臓器横断的」な統合解析が重要です。また、人と地球の健康の両立(プラネタリー・ヘルス)が叫ばれていることを念頭に、生命現象における環境要因と遺伝的要因の相互作用に関する研究も推進します。その実現のために、大学や企業との連携も一層深めていきます。
生命機能科学研究センターは、数理モデルなどを使って誕生から死に至るまでのライフサイクルを包括的に理解し、オルガノイド(ミニ臓器)などを使って生命現象を再現し、それを制御する基盤技術の開発を目指します。その結果、健康寿命の延伸も可能になってくるはずです。
脳神経科学研究センターが目指しているのは、「こころ」の本質に迫ることです。人間が他の動物と大きく異なる点は、知性・感性・社会性に代表される精神活動です。「こころ」を知ることは、行動様式の解明にも役立ちます。精神疾患や神経疾患の診断・治療法も探索します。
バイオリソース研究センターは、世界最高水準の品質管理と培養技術で多くの動植物、微生物、細胞を収集・保存し、それらの提供まで行っています。マウスの系統保存数は世界トップクラスです。ヒトを対象にする研究は倫理的な課題があり、こうした実験動物は病気の克服などに欠かせない存在です。自前のバイオリソースを持っていることは、研究基盤の強みとなり、その付加価値をさらに高めます。
分野を融合する触媒に
四つのセンターに所属する多くの研究者は世界に誇る成果を上げてきました。AIの登場で生命科学は大きな転換点を迎えており、分野横断的な領域が発足したのは時宜にかなっています。領域総括として、「触媒」のような存在になり、「1+1」が2ではなく3にも4にもなるよう心がけています。個々の自由な発想を尊重し、その能力が最大限発揮されるように尽くしていきます。
永野 光崇(ナガノ・ミツタカ)
生命科学研究推進部 部長
理研では、これまでヒトゲノム解読など大規模な国際プロジェクトに参画してきました。領域としてのスケールメリットを生かして、健康な世代循環といった大きなサイエンスの課題に挑戦し続けていくことが目標です。四つのセンターは和光市、つくば市、横浜市、神戸市と地理的に広い範囲に拠点があり、それぞれが地域の大学や自治体と関係を深めてきました。こうした経験を生かし、センター間の関係がより緊密になるようサポートしていきます。
(取材・構成:田中 泰義/撮影:竹内 紀臣)
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