日向小次郎は大空翼にしかパスを出さない? データで読み解く、名試合の構造[統計学×『キャプテン翼』]

私たちは今回、『キャプテン翼』というサッカー漫画の世界に、“データと統計”というレンズを通して飛び込みました。最初は、「漫画を分析するなんて、意味があるのかな?」という声もありました。けれど、実際にコマを一つひとつ読み込み、選手の動きやパスの流れを丁寧に記録していくうちに、ある確信が生まれました。 「漫画の中にも、確かに“構造”がある」 そしてその構造は、私たちの“感動”と深く結びついているということです。 ■翼くんのすごさは、「気のせい」じゃなかった 翼くんは、どの試合でも圧倒的にパスを受け、チームの中心として機能していました。また、名勝負とされる試合では、トライアド分布やパスネットワークの形も、他とは明らかに異なっていました。 感動の演出は、パスという構造にも表れていた――これは、感覚的な「名場面」が、データによって裏づけられる瞬間でした。 ■これは“一つの例”であり、“出発点”でもある もちろん、ここで行った分析は、あくまで一例です。選手の識別ルール、ツインプレーの扱い、パスの定義の解釈など、前提にしたルールが違えば、結果も変わってきます。さらに、トライアド分析やクラスタリングといった手法そのものも、まだまだ改善の余地があります。統計手法の開発や応用方法の検討もまた、大切な研究テーマであり、このプロジェクトはその“入口”にすぎません。 フィクション作品に「データの目」を向けることは、作品の理解を深め、物語に対する新しい視点を与えてくれます。読んで、感じて、さらに“構造として読み解く”そんな楽しみ方が、これからもっと広がっていくかもしれません。 「統計」は、もっと自由で、おもしろい。 この記事をきっかけに、「統計ってこんなことにも使えるんだ」と思ってもらえたら、私たちにとって何よりうれしいことです。統計学は、難しい公式や計算だけではありません。人の動きや感情、物語の展開までも、やさしく読み解こうとする“道具”であり“まなざし”なのです。 ■最後に 『キャプテン翼』が教えてくれた「ボールはともだち」という言葉。それにちなんで、私たちもこう言ってみたいと思います。 「データも、ともだち」 物語の奥にある見えない構造を、そっと教えてくれるともだちです。 これからも、データとともに、たくさんの物語を読み解いていきましょう。そしていつか、あなた自身が、新しい分析や統計の“技”を生み出していく日が来ることを願っています。 (本記事は「Jxiv」から一部転載) <了> ■参考文献 ・高橋陽一. (1982-). キャプテン翼(全37 巻). 集英社. ・Palazzo, L., Ievoli, R., Ragozini, G. (2023). Testing styles of play using triad census distribution: an application to men’s football. Journal of Quantitative Analysis in Sports, 19(2), 125–151. ・稲田樹, 江頭健斗, 山口光, 河原弘幸, 山田凌大, 田畑耕治. (2024). トライアドに基づくJ リーグチームの戦術的特徴の比較と可視化. SDSC2024 研究報告集, 228–231.

文=秋山仁志、片岡駿太、田畑耕治[東京理科大学]


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トライアド分析の箱ひげ図[図7]では、一部の試合が明らかに“外れ値”として飛び出しています。それらは偶然ではありません。例えば以下のような試合です。 • 明和FC戦(小学生編の翼vs日向) • 東邦学園戦(中学生編の最終決戦) • アルゼンチン戦(ジュニアユース編の翼vsディアス) これらの試合では、「210」「300」などのトライアドが特に多く、チーム内の連携が極めて活発でした。これは、物語のクライマックスになる試合ほど、パスのやりとりも濃密に描かれるという傾向を反映しています。 ■“感動の演出”はパスにも現れる? 翼くんが仲間と気持ちを通わせる瞬間、日向くんが単独で相手をなぎ倒す突破、三杉淳くんのひそかな活躍――これらの“物語としての名シーン”には、パスのパターンにも特徴がありました。例えば、ある試合では、 • 翼くんがほぼ全選手からパスを受けていた • 岬太郎くんとの“黄金コンビ”が、何度も登場していた • 日向くんが翼くん以外にパスを出さず、ゴールを狙っていた このように、データに感情が宿っているような場面が多く見られたのです。 ■現実のサッカーとの違いもくっきり 実際のJリーグやヨーロッパのプロサッカーでは、「003」(パスがない)や「012」(一方通行)のトライアドはあまり出現しません。多くの選手がチームの中で“役割”を持ち、連携を重視するからです。ところが『キャプテン翼』では、試合によっては「003」が多数を占めることがあります。これは、演出上の都合や“主役以外の動きが描かれない”ことが影響していると考えられます。 ■データから“語られなかった選手”が見えてくる もう一つ興味深いのは、「データに残らなかった選手」の存在です。漫画の中で出番が少なく、パスにも関わらず、名前もセリフもほとんどない――そんな選手たちは、パスネットワークやトライアドの中でも“空白”として現れます。しかし、こうした選手がいないと、試合全体の構造が成り立たない。つまり、データの「空白」もまた、物語を支える重要な構成要素なのです。 ■スコアで読み解く「名勝負」 [表2]は、明和戦、東邦戦、アルゼンチン戦と、平均的な試合とのトライアド出現数を比較したものです。3試合ともに「003」(パスがない)が少ない傾向にあり、特に明和戦とアルゼンチン戦は「012」(一方通行)が多く、東邦戦とアルゼンチン戦は「102」(一極支配)が顕著に多いことがわかります。 このように、明和戦、東邦戦、アルゼンチン戦は数値的にも“普通じゃない”ことが明らかです。感動は演出だけではなく、構造の面でも支えられていたのです。『キャプテン翼』は、読者の心を動かす熱い物語です。そして今回の分析は、その熱さの“設計図”を可視化する試みでした。「泣けるシーン」や「名場面」の裏には、キャラクターたちの配置、ボールの流れ、パスの交錯といった構造的な必然がありました。物語の魅力は感情に訴えかけるものです。データの魅力は、それを構造として読み解くことです。 この2つが出会ったとき、私たちは物語を新しい目で読むことができるのです。

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