米中はデカップリングの崖っぷちに-関税戦争、高まる長期化の可能性

1年前の今週、北京で演台に立ったイエレン米財務長官(当時)は、「われわれ2つの経済は深く結びついており、全面的な分離は双方に悲惨な結果をもたらすことになる」と述べた。米国は中国とのデカップリングを望んでいないという、ほっとするメッセージだった。

  それから12カ月。トランプ大統領による中国製品への104%の関税と、それに対する中国の報復措置は、イエレン氏が警告していた深刻な分断が、急激に現実となったことを意味する。S&P500種株価指数が史上最高値を記録した2月19日から、世界の株式市場で19兆ドル(約2750兆円)の価値が消し飛んだ。米国債は今週、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)以来最悪の水準で売り込まれている。米中が経済の瀬戸際で危険な勝負に挑む中、エコノミストらは米国が景気後退入りを急いで織り込んでいる。

  米ホワイトハウスは、中国への圧力を強めるトランプ氏は「強い意志を持っており、折れることはない」と言う。中国政府は、「最後まで闘う」と誓ってみせた。9日、中国は米国製品への関税を84%に引き上げ、習近平国家主席が譲歩するつもりはないことを明確にした。

  突然関税をやめ、方針転換するトランプ氏のこれまでの実績を考えれば、どんなことも起こり得るが、米中高官らは、短期的には「停戦」の見通しはほとんどないと明かす。

全国共和党下院委員会(NRCC)に登壇したトランプ大統領(4月8日)

  トランプ氏は8日夜の資金調達イベントで、中国高官が米国との「取引を望んでいる」と述べた。だが、しばしば中国政府の通商関連の意向を示唆する場として使われる中国国営メディアは、中国は「トラブルを恐れていない」上、交渉の窓口は閉じていないものの、話し合いは「このような形では起こり得ない」とソーシャルメディアで発信した。

解放の日

  「米国第一主義」のトランプ氏に対する中国のスタンスは、就任時の楽観的なものからいら立ちへ、そして戦闘モードへと変わっていった。

  トランプ氏と習氏は1月17日の電話会談で「戦略的チャンネル」を設立することで合意したが、対話の枠組みはなかったようだ。調査会社ガベカル・ドラゴノミクスのパートナー、アーサー・クローバー氏は「米中は本格的な貿易戦争に入り、大きな合意があるとの幻想は捨て去るべきだ。要するに、トランプ氏は中国との通商の終結にコミットしている」と述べた。

  その結果、合わせて国内総生産(GDP)46兆ドルの二大経済が、チキンレースに陥っている。年間約7000億ドル相当に上るモノの貿易、中国による推計1兆4000億ドルの対米投資ポートフォリオ、そして、明確ではないが重要な、大学やビジネスを通じて何十年にも渡り築かれてきた人的つながりが、危機にさらされている。

  ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の推計では、中国製品に米国が100%の関税を課した場合、中期的には、中国からの米国への輸入はほぼ全滅する。全ての国に対する米国の平均関税率は24.7%に達する。これにより、今後2-3年で米国のGDPは3.6%減少し、連邦準備制度理事会(FRB)が推奨するインフレ率は、2.1%上昇すると予測されている。

経済兵器

  上海にある復旦大学アメリカ研究センターの吴心伯理事長は「中国は交渉を急いでいない。時がたてばわれわれはより良い立場に立てるかもしれないからだ」と指摘する。吴氏は「米国は中国、欧州連合(EU)、カナダ、などからの報復に直面することになる。国内では、株式市場の反応、経済成長の鈍化、インフレ懸念などが見られる。トランプ氏は予想外の事態に直面していると思う」と述べた。

ホワイトハウスのチーフエコノミスト、スティーブン・ミラン氏

  ホワイトハウスは、対中貿易赤字は、関税によって米国が貿易戦争で優位に立てることを意味すると主張する。ホワイトハウスのチーフエコノミスト、スティーブン・ミラン氏は8日、ブルームバーグ・テレビジョンに「米国は影響力を持ち、誰もがそれを知っている。つまり、皆が緊張緩和を求め、譲歩を申し出るべきだ」と述べた。

関連記事:米中関税合戦はチキンレースの様相、貿易巡る「核戦争」憂慮する声も

  オバマ元大統領とポールソン元財務長官の在任中、中国政策について助言を行っていたジョージタウン大学のエヴァン・メデイロス氏は、輸出規制から独占禁止、サイバーセキュリティの規制に至るまで、米国は中国当局が利用できるあらゆる経済的ツールを見誤っていると指摘する。メデイロス氏らは9日に発表した研究で、「政治的・地政学的目的のために的を絞った、相当な痛みを引き起こすように設計された」中国が備えるツールを、「精密誘導経済兵器」として論じている。

  メデイロス氏は、こうしたツールによって、中国は米国との経済的対立において優位性があると主張する。「中国は自らのコストや苦痛を伴うことなく、米国の特定の関係者に、非常に具体的な苦痛を与えられる。米国と長期にわたる経済競争に突入している場合、これは非常に有用だ」と指摘した。

  交渉を迫るため、トランプ氏が中国への圧力を強めるのは「危険な戦略」だとメデイロス氏は言う。

  中国はすでに、米国への反撃にこの新しいツールを使用している。中国政府は先週、中国国内の米国企業を調査すると発表し、複数の米国企業を「信頼できない事業体リスト」に追加するなどして、輸出規制をかけた。また、テスラを含む多くの米国企業が依存しているレアアースの輸出にライセンス制を導入した。短期的にはレアアースの出荷の制限につながり、米国企業による購入が難しくなる可能性が高い。

中国依存

  今回の関税以前から、中国製品に対する既存の関税を受け、米国の輸入業者は代えられるものは全て代替品に切り替えてきた。だが、代替品のない製品については、米国企業と消費者が関税のコストを負担せざるを得ないという現実がある。

  ブルームバーグが2024年の貿易データを分析したところによると、中国は米国が輸入するリチウムイオン電池の70%以上、スマートフォン・コンピューターのモニター、ゲーム機の90%近くを製造している。意外なところでは、電気トースター、電気毛布、カルシウム、目覚まし時計の99%以上が中国から輸入されている。

  中国経済の専門家で、米戦略国際問題研究所(CSIS)のスコット・ケネディ氏は、不況で米国の消費者の需要が減退することにより、トランプ氏が望む対中貿易赤字の削減が起きる可能性があると指摘する。

  ケネディ氏は「関税によって2国間の貿易収支をならそうとするのは無意味で、その影響を考慮せずに急いで関税を課すのも無意味だ。貿易赤字は減るだろうが、その代償としてアメリカの雇用と富、世界における地位が失われるだろう」と述べた。

原題:Trump Shock Pushes US and China Toward Decoupling Cliff Edge(抜粋)

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