特攻隊員だった千玄室さん「戦はお茶の心に反する」…追悼式では亡き戦友愛用の茶碗で献茶
茶の湯の海外伝道に力を入れ、元特攻隊員としても知られた茶道裏千家前家元の千玄室さんが14日亡くなった。英エリザベス女王ら各国要人との交流に努めたほか、100歳を超えてもなお戦跡を訪れ、亡くなる直前まで講演を引き受け、平和の大切さを訴えてきた。
特攻隊員だった経験について話す千玄室さん(2010年6月12日、沖縄県糸満市の平和祈念公園で)=森恭彦撮影千さんは戦時中、学徒出陣で海軍に入隊。徳島海軍航空隊で特攻の訓練を積んだが、出撃しないまま終戦を迎えた。
【一覧】千玄室さんの歩み1945年9月、千さんは実家の裏千家に戻った。茶を所望して訪れた進駐軍の若い将兵に対し、卑屈にも横柄にもならず接する家元だった父の姿に「茶室には身分の上下も勝者も敗者もない」と感銘を受けた。
千さんは「お茶を通して日本人の心を世界に伝えよう」と決心。それが、生き残った自分に与えられた使命であり、戦地に散った戦友のためにも、茶人としてなすべきことと悟った。
2011年、ハワイ・真珠湾の戦艦アリゾナ記念館で献茶式を行った際は、元乗組員から「今日から『リメンバー パールハーバー』はなしだ」と言われた。12年にはウクライナのキーウでチョルノービリ原発事故の被災者に茶をたて、「一服のお茶が癒やし、力づけてくれた」と喜ばれた。
茶を通して国際交流を重ねた一方、毎年のように戦跡に出向き、昨年9月には、特攻隊の前線基地が置かれていた鹿児島県内であった追悼式に出席。亡き戦友が愛用した 茶碗(ちゃわん) で献茶に臨み、「大戦は忘却のかなたにあるが、戦った一人一人に皆さんの心情をささげてほしい」と語った。
今年5月には、京都市内であった市民講座で講演し、「戦はお茶の心に反する。千利休は、権力者に身分や差別のない世界を茶の湯を通じて教えた。私も子孫として世界各国を回り、お互いに敬い合わなければならないと伝えてきた」と振り返った。
長男で裏千家家元の千宗室さん(69)は14日、「多くの皆様方からご縁をいただいたことを父になりかわり御礼申し上げます」との談話を発表した。
四半世紀にわたって親交のある宗教学者の山折哲雄さん(94)は、3月に会合で会った時、「まだ元気なんでなぁ」と耳元でささやかれたのが最後になったという。「世界中の茶室に自ら出向き、献茶の儀式を行い、お茶の魂をレクチャーする。その姿には教育、政治、宗教性が全て兼ね備わっており、人間として絶大な説得力があった。千利休の美意識や死生観を今日まで伝えた人で、戦後80年、日本をどれほど見渡しても彼に匹敵する人はいない」と、しのんだ。
華道家元池坊の四十五世家元、池坊専永さん(92)は「同志社大の先輩であり、学生時代に特別講義を受けたことを今でも印象深く覚えています。茶の湯といけばなという違いはあるものの、いつも私の少し先を歩まれている、人間的に 鑑(かがみ) のような存在でした。伝統文化を一緒に 牽引(けんいん) してきた立場として誠に残念でなりません。心よりご 冥福(めいふく) をお祈りいたします」と悼んだ。