【丸の内Insight】セブン買収提案が迫る日本企業の変革-2025年展望

明けましておめでとうございます。布施太郎です。新年最初のニュースレターをお送りします。

     「仮説を磨き、予測を立てる」。記者が常日頃から上司や先輩から言い含められる言葉です。取材先である企業や官庁の次の一手をどう読むのか。そのために取材対象の課題について問題意識を持って仮説を立て、それをさまざまな関係者にぶつけてより確度の高い予測に仕上げる。その上で当事者に確認し、最後にニュースとして報じる。その繰り返しが記者の仕事だからです。

     記者に限らず、仕事に携わる人たちは日々実践している事柄でしょう。私自身は仮説を立てたり、予測したりすることが必ずしも得意ではありませんが、大切なのは、独りよがりな仮説を組み上げるのではなく、信頼できる取材先と情報交換や議論を積み重ねることだと考えています。そうした取材先と出会い、信頼関係を結べるかどうかが記者の力量の一つとも言えます。

     新年号の今回は、2025年に日本の企業社会で起こりそうな出来事を少々大胆に、かつそれなりの確度を持って展望してみました。

展望1:業界トップ企業も危機感、次の一手を模索

セブン&アイは昨年、カナダのクシュタールから買収提案を受けた

      昨年のセブン&アイ・ホールディングに対するカナダのコンビニエンスストア大手アリマンタシォン・クシュタールの買収提案は、国内トップ企業でも世界企業のターゲットになり得ることを如実に示しました。

  証券会社や銀行には、さまざまな業界の大手企業から「成長に向けた大胆な戦略」についての相談が寄せられています。時価総額でグローバル大手に並び立たなければ、いつでも買収されるリスクがあるとの危機感が広がってきているからだ、と大手銀行の幹部は言います。

     23年にはいち早く日本製鉄が米USスチールに対し買収提案をしました。情報機器大手のセイコーエプソンは昨年9月、プリンター向けソフトウエアを開発する米ファイアリーの買収を発表しました。買収金額は同社にとって過去最大の約853億円です。

  このような流れを見ると、25年は国内大手企業が成長に向けたグローバル展開を本気で始める大きな節目の年になる可能性があります。

同意なき買収

     もちろん、日本企業は海外だけで活発に動くわけではないでしょう。国内の業界再編の機運も一段と高まっているようです。24年は、従来はタブーとされてきた「同意なき買収提案」によるM&A(合併・買収)が一気に噴き出した年となりました。

     第一生命ホールディングスが福利厚生サービスを手掛けるベネフィット・ワンの買収を成就させ、実現はしなかったものの事務機器業界ではブラザー工業ローランドDGに、物流業界ではAZ-COM丸和ホールディングスC&Fロジホールディングスに、それぞれ「同意なき買収」を仕掛けました。12月に入ってニデックが工作機械の牧野フライス製作所にTOB(株式公開買い付け)の実施を発表しましたが、事前協議は申し入れておらず、「同意なき買収」の形となっています。

     23年に経済産業省が「企業買収における行動指針」を発表し、こうした買収にお墨付きを与えたことが転換点になっています。

     複数の投資銀行幹部は、パイプラインに「同意なき買収」案件が多数入っていると話しており、この動きは今年も勢いを増すでしょう。

日産自動車、ホンダ、三菱自動車の経営統合に向けた協議入りについての会見(23日)

     グローバル企業が虎視眈々と日本企業を狙う流れも続きそうです。クシュタールはもとより、日産自動車ホンダが経営統合に踏み出した背景には、台湾の電子機器受託製造サービス大手鴻海精密工業による買収提案があったことが明らかになっています。外資系投資銀行幹部は、中国の地政学リスクを背景に日本企業への注目度は上がっているとし、買収に関する相談も絶えないと語りました。

     ただ、セブン&アイのケースは創業者による防衛的なMBO(経営陣が参加する買収)が模索されており、同社の特別委員会の判断や、外国企業による国内企業の買収を規制する外為法の運用について、日本企業が実際にどこまでグローバルに開かれているのかが試される機会として多くの海外企業が注目しています。

展望2:アクティビストさらに活発化、上場廃止に追い込まれる企業も

     日本企業の行動にここ数年、大きな影響を与え続けているのが国内外のアクティビストです。三菱UFJ信託銀行のまとめによると、24年6月の株主総会で、アクティビストを含む機関投資家から株主提案があった企業は46社、議案数は124件に上り、社数で過去最高を更新しました。

     数年前までは、アクティビストに株を持たれた企業は、自社株買いや配当引き上げなどの株主還元策の強化により、それ以上の要求を抑え込めたケースが少なくありませんでした。ですが、アクティビストの要求は厳しさを増しており、最終的に非上場化に追い込まれるケースも出てきています。

     ソフトウエア開発の富士ソフトは、大株主となった3Dインベストメント・パートナーズが実施した同社株売却入札で、非上場化の流れが決定付けられ、米系投資会社KKRと米ベインキャピタルによる争奪戦は越年しました。医療用機器のトプコンも大株主である米アクティビストのバリューアクト・キャピタルから非上場化を求められ、入札プロセスに入っています。

     アクティビスト対策を手掛けるコンサルティング会社の幹部は、アクティビストに上場の意味を問われる企業はますます増えるとみています。アクティビスト起点の非上場化や再編の動きが盛んになることが予想されます。

オペレーショナル・アクティビズム

     アクティビストが狙う企業は割安銘柄というのが通り相場でした。典型的なのがPBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業です。割安であればあるほど、株価の上昇余地は大きく、うまみが多いというわけです。しかし、その動きに変化の兆しが表れています。

     一例が花王です。花王の時価総額は約3兆円。PBRは足元で3倍を超えていますが、香港のヘッジファンド、オアシス・マネジメントが株式の5%を保有し、花王の経営陣は潜在的な事業価値を実現させていないとするキャペーンを始めています。オアシスは公表したホワイトペーパー(経営改善の提案書)で、花王の成長に向けた事業提案を行っています。事業ポートフォリオなども含め経営についてアドバイスをする「オペレーショナル・アクティビズム」と呼ばれる手法です。

     この数年間で日本の株価が上昇し、アクティビストも容易にはアップサイドが取れなくなっています。オペレーショナル・アクティビズムは難易度が高く時間もかかりますが、事業面にまで踏み込めば高い企業価値の実現が可能と見込まれた企業は、時価総額が大きく、株価が多少割高でも今後ターゲットになっていくとみられます。

展望3:メガバンクと損保に迫る「政策株の崖」

     24年に顕著だったのが、雪崩を打ったかのような政策保有株式の売却ラッシュでした。岩盤と目されていたトヨタ自動車が持ち合い株解消に一歩を踏み出したことで、大きな流れになりました。これを受けて政策株を大量保有しているメガバンクや損害保険会社は収益を大きく伸ばしました。

     三菱UFJフィナンシャル・グループなど3メガバンクグループが24年4ー9月期決算で計上した株式売却益は総額約7000億円。前年同期よりも約5000億円増えました。各グループは政策株の売却ピッチを上げ、最長4年以内に株式残高を純資産の20%以内に引き下げる計画です。東京海上ホールディングスなど損保3社も同期決算で、合わせて約1兆300億円の売却益を計上しました。損保各社は今後6-7年で、全ての政策株を売り切る計画です。

政策株の崖

     政策株の時価は株価上昇で膨れ上がっており、足元で簿価の2.5倍程度に達しています。売却による利益計上は年間2000億-3000億円程度が見込まれますが、向こう5年程度でその効果は失われることになります。あるメガバンク役員はこれを「政策株の崖」と評しました。大幅な利益の剥落に備えて新たな収益源をつくることができるのかどうか。今後、売却で得た資金をどのように活用するのかが課題となります。

     もちろん、株主還元に相当の金額を投じる見通しですが、各社が狙うのは、国内外での買収です。しかし、収益性のある案件の発掘は至難の業です。インオーガニック戦略(提携や買収)の収益貢献には相応の年月が必要であることを考えれば、残された時間はそれほど多くはありません。一方で、買い急いだ結果、巨額減損に見舞われるリスクも付きまといます。財務規律を働かせながら、大胆な手を打てるのか。緻密さと胆力が同時に問われる局面となりそうです。

     いささか長くなりましたが、今回は「年賀状」という意味も込めて、いつもと雰囲気を変えて最後までお手紙形式の文体としました。ここで記した展望は果たしてどこまで実現するでしょうか。日本企業の経営力が試される年になるのではないかと考えています。本年もどうぞよろしくお願いします。

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