鉄人・金本以来の30本塁打到達へ 佐藤輝が訴える「ラッキーゾーン復活」の機は熟したか 鬼筆のトラ漫遊記
阪神の4番・佐藤輝明内野手(25)が訴える甲子園球場のラッキーゾーン復活について、検討すべき時期が到来したのかもしれません。阪神は5日終了時点で17勝13敗1分けとして巨人と同率首位。ただ、ビジターで11勝4敗なのに、甲子園球場では6勝7敗(京セラドーム大阪では1分け2敗)と負け越しています。チーム本塁打数はリーグ2位の19本ですが、このうち甲子園ではわずか4発。本拠地で一発が出ていないことが地元で勝てない要因とも考えられます。サトテルの言葉にもう一度、耳を傾けてみる時期ですかね。
痛恨の思い出
甲子園球場のラッキーゾーンには、取材活動の中で痛恨の思い出があります。ラッキーゾーンは1991年のシーズン終了後に撤去されました。スッパ抜いたのは高校野球の春の選抜大会を主催する新聞社でしたが、大きなニュースで負けたことは事実。勝てるチャンスがなかったわけではありません。しかし、当時は中村勝広監督の就任後、2年連続で最下位に終わった直後。必然的に視線は監督問題を含む指導体制の人事に集中していました。球場や球団首脳の他の動きを軽く見ていた…といわれても反論できません。
ニュースを抜かれた後のことです。阪神の球団首脳に顔を合わせるなり、ピシャリと言われました。
「おまえ、目のつけどころがアカンのや! しょうもないことばっかりを追っているから、こんな大きなニュースを抜かれんねん!」
ラッキーゾーンにあったブルペンで投球練習する阪神・野田浩司(左)と猪俣隆=1991年5月13日、甲子園球場あの言葉、あの時の球団首脳の表情、その場の空気は33年が過ぎ去っても忘れることはできません。言葉の中には愛情が込められていたと思います。なので心に染みた。担当記者ならもっと視野を広げて、あらゆる角度から球団を見ておかなければならない…。刻まされた痛恨事は「ラッキーゾーン」という言葉とともに年齢を重ねても心の中に残っています。
自費での設置案も
甲子園のラッキーゾーンは戦後まもない47年に設置されました。両翼の外野フェンスから約20メートル手前に人工的なフェンスを設置し、本塁打が出やすくしたのです。しかし、高校野球で金属バットが導入され、春夏の全国選手権で本塁打を放った選手の派手なパフォーマンスが問題視され始めていました。国際規格を満たす球場が増えたこともあって、91年のシーズン終了後に撤去されたのです。
そのラッキーゾーンを再び設置してほしい…。声を上げ続けているのが4番・佐藤輝です。昨年12月23日に行われた契約更改の席上でも、球団側に強く要望。「毎年だけど、つけてほしいと真面目に要望しました。前向きに考えてくれているんじゃないですか」と直後の記者会見で話し「つけてもらえるなら…」と自費での設置案までぶち上げました。
昨オフの契約更改後、取材に応じる阪神・佐藤輝明。球団側にラッキーゾーン復活を直訴したことを明かした=2024年12月23日、兵庫県西宮市(中島信生撮影)ラッキーゾーン復活を求める理由は、甲子園で昨季4本塁打に終わったことも大きく影響しています。そもそも甲子園は、右翼から左翼方向にかけて強く吹く浜風によって飛球が押し戻されます。さらに両翼から中堅にかけての膨らみが大きく、右中間と左中間が深い構造となっています。
ラッキーゾーン撤去後、阪神の日本人打者でシーズン30本塁打の大台に乗せたのは金本知憲だけ(2004年=34本塁打、05年=40本塁打、07年=31本塁打)。左の長距離砲である佐藤輝にとっては、本拠地・甲子園の特性は圧倒的に不利な状況です。復活を切望する理由は誰しもが理解できますね。
2005年、横浜・三浦大輔(右)から40号本塁打を放つ阪神・金本知憲=2005年10月4日、甲子園球場しかし、佐藤輝の要望を聞いた球団側の返事は「右中間や左中間が広く、そこを外野手は駆ける。(ファンにも)定着している。今のままで行かせていただく」(嶌村聡球団本部長)というものでした。まさに耳を貸さず…の姿勢。これも理解はできます。なぜなら打者にとって不利な状況は、逆に言えば投手陣にとっては有利に働くからです。
柵越えは佐藤輝、森下だけ
昨季、阪神のチーム防御率は2・50でした。優勝した2年前は2・66。投手を中心とする守りの野球がタイガースの特長です。今季もチーム防御率はリーグ2位の2・41。甲子園球場では2・08とさらに改善しています。広いグラウンドをバックに投げるからこそ、投手陣は心理的にも優位に立って投げられるわけです。ラッキーゾーンが復活すれば、投手を中心にした守りの野球の土台は破綻してしまう…。そんな強迫観念があっても不思議ではありません。
ただし、野球は投打のバランスです。いくら投手陣が踏ん張っても、打線が点を取らないと試合には勝てません。今季の試合展開を見ていると、甲子園球場の13試合ではチャンスにタイムリーが出ず、本塁打も佐藤輝が3本、森下が1本放っているだけで、他の打者は全く打てていません。
逆に甲子園球場以外の球場のデータを見ると、東京ドームでは4試合で5本、横浜スタジアムは3試合で3本、マツダスタジアムは3試合で2本と効果的な一発が飛び出しています。チームもビジターでは11勝4敗。やはり打線が点を取ってくれると投手陣も踏ん張り、勝利に近づきます。打線が点を取れば、阪神の先発-中継ぎ-抑えは充実しているので、逃げ切れるわけです。
広島戦でこの日2本目となる中越え3ランを放った阪神・佐藤輝明=4月20日、甲子園球場(甘利慈撮影)阪神のチーム本塁打数は巨人の21本に次ぐリーグ2位。もちろん、両リーグ最速で10本塁打に到達した佐藤輝がいればこその数字ですが、だからこそ、佐藤輝の脅威がもっともっと増す形状に甲子園球場を改良する策は、チームとして一考の余地あり…と感じます。
飛ばないバット
同時に高校野球の変化も考慮に入れてもいいかもしれません。日本高野連は昨年、打球の直撃で投手がケガをしないように-と木製バットの反発力に近づけた「飛ばない金属バット」の完全導入を行いました。昨夏の第106回全国選手権大会での本塁打数はわずか7本。2年前の23本塁打から大きく減らしました。飛び過ぎて、高校球児の教育的に悪影響…などといわれた時代とは様変わりしたのです。日本高野連との関係性を含めても、ラッキーゾーン復活の考察を始めていいタイミングかもしれません。
甲子園と同様に本塁打が出にくい球場といわれたバンテリンドームナゴヤは、選手や首脳陣の強い要望がかない、来季からテラス型観客席「ホームランウイング」(仮称)が新設されることが決まっています。
球場は左右非対称でもいいのです。右翼だけでもラッキーゾーン復活は? そんな思いに駆られる佐藤輝の好調ぶりとチーム状況ですね。=記録は5日現在
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【プロフィル】植村徹也(うえむら・てつや) サンケイスポーツ運動部記者として阪神を中心に取材。運動部長、編集局長、サンスポ代表補佐兼特別記者、産経新聞特別記者を経て特別客員記者。岡田彰布氏の15年ぶり阪神監督復帰をはじめ、阪神・野村克也監督招聘(しょうへい)、星野仙一監督招聘を連続スクープ。