「Suica」の常識が覆る?誕生から23年、JR東日本が直面している課題
タッチ&ゴーからウォークスルー改札へ。
出典:東日本旅客鉄道
今回の発表での注目の1つが「タッチレス改札」だ。
SuicaカードまたはモバイルSuicaを入れたスマートフォンを改札機に「かざす」のではなく、Suicaアプリを入れたスマートフォンを、例えばポケットに入れたままで改札を通過して電車に乗り、目的地の駅でそのまま改札を出るだけで乗車区間分の運賃が自動的に請求される。
具体的な実現方法はプレスリリースの中で触れられておらず、現在もなお方式について検討が進められているようだが、現時点で筆者が入手している情報を総合する限り「UWB(ウルトラワイドバンド)」の技術を応用するとみられる。
UWBはかなり幅広い周波数帯域に「パルス」と呼ばれる短い信号を送信して通信する技術。近距離での高速通信が可能であり、かつてはPC周辺機器などを無線接続する規格として活用が検討されてきた。
最近では屋内での正確な位置情報測定の手法として活用され、SuicaがベースとしているFeliCa(フェリカ)のような無線技術「NFC」の次の形として注目を集めている。
UWBを使った決済体験としては、NTTドコモが「Open House 2020」で「おサイフケータイのタッチレス対応」をデモしていた。
撮影:小林優多郎
NFCの特徴として、読み取り機にSuicaのようなカードを数cm内に近付けることでアンテナの「コイル」を通して誘導電流が発生し、カード内のICチップを起動して暗号通信を行う。
NFCは、カードを近付けることで初めて通信が始まるため、安全性の担保と利用タイミングを明示しやすいこと、また誘導電流なのでカード内にバッテリーを搭載する必要がないという利点があり、過去30年ほどで広く活用が進んだ。
スマートフォンに搭載される「モバイルSuica」も似たような仕組みで成り立っている。
一方で、UWBは通信範囲が数m以上と長いが、定期的に電波を発信する必要があるためカード型への搭載は難しく、スマートフォンへの搭載が前提となる。
これを改札機の通過に応用した場合、Suicaアプリを入れた利用者が鉄道に乗るために改札機から数mの距離に近づいたところで、改札機はその存在を認識するようになる。
改札を通過するタイミングで「この人物は改札機を通って入場した」という情報をセンターサーバーに伝える。
その後、目的地の駅で改札を出ようとしたときも同じような処理が行われ、最終的に改札機を通過したタイミングで「この人物は改札機を通って出場した」という情報がセンターサーバーに伝わり、駅間の利用運賃の請求される流れだ。
難点としては、Suicaアプリを利用しない乗客が改札を通過したときで、UWBの電波がないため同様の処理が行えない。
この場合は従来の「Suicaによるタッチ」または「QRコードによる切符」による処理に素早く切り替える必要がある。
こうしたUWBを使う改札の仕組みは関東などの都市部が中心となるが、それ以外のエリアではQRコード切符を使うことになる。
新幹線やJRの特急列車がインターネットで予約ができる「えきねっと」。
出典:東日本旅客鉄道
現在JR東日本では「えきねっとアプリ」を使ったQRコード乗車サービスの準備を進めており、将来的に紙の磁気切符を廃止して印刷QRコードを基本とした仕組みに移行することと合わせ、鉄道の利用スタイルが大きく変化することになる。
QRコードそのものはコピーが容易なため、記載される情報は従来の磁気切符にあるような入場駅や運賃、日付といった情報ではない。
「ユニークID」と呼ばれるQRコード切符それぞれに付与される固有情報であり、これがセンターサーバー側に保存されているユニークIDと運賃などが記載された切符情報と突合を行うことで成り立つ。
つまり、センターサーバーがすべての切符情報を記録しており、改札の入退場にかかわる情報をすべて把握することで、例えば「1枚の切符で複数人が同時に改札を通過」といったことが不可能になる。
加えて、JR東日本では無人駅を含むすべての同社管内の駅での「Suicaアプリ」による鉄道利用を可能にすることも検討している。
プレスリリースによれば、GPSなどの位置情報を基に改札のないようなエリアでも移動を追跡できる仕組みの導入を進めているとのこと。
将来的にスマートフォン1台あれば、JR東日本の営業エリア内はすべて自由に移動できるような仕組みが実現できそうだ。
「Suicaの常識」が崩れる今後10年
Suicaの今後のロードマップ。
出典:東日本旅客鉄道
最後に、今後のSuica拡張の時系列を追いつつ、現在の懸案事項を述べる。
まず、来年2025年に長野でのSuicaエリアが拡大し、インバウンド旅行者向けの「Welcome Suica」のモバイル版(iOS向け)が登場する。
昨今、ICチップの入手問題から物理カードでのSuica入手が困難になっており、いまだ販売対象が限定されている状態だ。
増加する外国人客への対応にWelcome Suicaについてもモバイル版を提供し、同時にモバイルSuicaアプリで提供されている特急券購入やクレジットカードによるチャージ機能を提供する。
2026年秋にはコード決済のサービスを提供し、2万円以上の物品購入にも対応する。
MPM(ユーザーが店舗のQRコードを読み込む方式)とCPM(バーコードやQRコードを店舗が読み込む方式)の2種類が提供される。
ただし、既存のタッチ方式のSuicaとは異なる仕組みのため、残高や紐付け口座などの情報こそ共有しているものの、既存のSuica加盟店でも対応するところとしないところが出てくるだろう。
2027年春には「エリアまたぎ」が解消され、Suicaで直接東京と東北の往復といったことが可能になる。
2028年度には統一の「Suicaアプリ」が提供されることになる。この時点でSuicaの仕組みは基本的にセンターサーバー方式に移行しているとみられ、先ほども挙げた「サブスクリプション」といったサービスのほか、お得なクーポン配信などが開始される。
ポーズをとるSuicaペンギン。
撮影:鈴木淳也
そして今後10年先を見据え、カード内の残高(バリュー)を含む情報がセンターサーバー側ですべて集約されることになり、ウォークスルー改札や位置情報を活用した無人駅等での改札処理、そしてSuica自体の「後払い」サービスが提供されるようになる。
JR東日本によれば、「既存のSuica加盟店でも後払いの仕組みが利用できるかは(システムの改修も含めて)検討中」としており、現時点では「後払い」がどのように実装されるか不明な部分がある。
ただ、「改札機の残高0円通過」のようなJR東日本単体で実現可能な部分については比較的実装が容易とみられ、これまで固定化されていた「Suicaの常識」のようなものが崩れることになるだろう。
統一の「Suicaアプリ」では個人間送金のような金融サービス提供も検討事項に入っており、楽天銀行との提携による「JRE BANK」の銀行サービスと合わせ、「運賃収入外でのビジネスの拡大」に向けた下準備を着々と備えている状況だ。