中小企業狙う「吸血型M&A」資金吸い上げ連絡絶つ手口横行 各地で被害、警察も情報収集
後継者不足に悩む中小企業のM&A(企業の合併・買収)が活発になる中、関東の投資会社が関わった事案を巡るトラブルが相次いでいる。買収した会社の資金を吸い上げては連絡を絶つ「吸血型M&A」の手口を繰り返し、被害を訴える中小企業は全国で30社超に及ぶ。警察当局も訴えを受け、情報収集などに乗り出したもようだ。
かつてアクシスが入居していた雑居ビルの一室。ルシアンホールディングスに売却されたが、今は入居者募集中となっている=2月、奈良県田原本町奈良県田原本町にある雑居ビル。机もオフィス機器もない殺風景な一室には、入居者募集の紙が貼られている。
「15期連続で黒字を出し、強みのある会社だった」。かつてここで自動車部品販売会社「アクシス」を経営していた岩畦(いわうね)信幸さん(50)は振り返る。
早期リタイアなどを理由に自社の売却を検討。令和3年10月ごろ、M&A仲介業者を通じて紹介されたのが茨城県拠点の投資会社「ルシアンホールディングス」だった。ルシアン社代表の60代男性は「実績があり魅力的」と乗り気で、岩畦さんも「穏やかで丁寧な人。売却は早い方がいい」と売却を決断。翌11月末に契約を結び、アクシスの所有権はルシアン社に移った。
だが、アクシスが抱えた約1億7千万円の負債の連帯保証人を変更する前の4年1月、ルシアン社から「予定していた代表者が就任できなくなった。新たな代表を決めるのに時間がかかっている」と告げられた。この前後、アクシスからルシアン社に数千万円の資金も移動された。
5年9月にはアクシスが受けた融資金3千万円が返済期限を迎え、連帯保証人の岩畦さんが矢面に立つ事態に。期限を延長してアクシスを訪れると、売却前に10人以上いた従業員は半分以下まで激減し、注文された商品を仕入れる資金力も残っていなかったという。
ルシアン社に問い合わせると、「保有する不動産を売却してアクシスの全債務の返済に充てる」と説明された。しかし、6年1月にはルシアン社の代表と音信不通となり、アクシスが入居していた一室も家賃滞納で差し押さえられ、会社は文字通り姿を消した。
被害者の会に38社加わる
ルシアン社に会社を売却し、「吸血型M&A」の手口で資金を吸い取られる被害は全国に広がっている。被害を訴える中小企業の経営者らは「被害者の会」を結成。これまでに38社が加わっているといい、代表の荒川公一さん(62)=富山市=は「みんな手口は一緒だ」と強調する。
また、M&Aの仲介には大手業者も関わっていると指摘。「M&Aを繰り返すルシアン社の財務状況を調べもせず、『後は売り主と買い主の話』と投げ出す姿勢も問題」と不満を漏らす。
被害を訴える経営者らは各地の警察に相談する一方で、被害は今も重くのしかかる。岩畦さんも連帯保証人となっている約1億7千万円の負債が宙に浮いたままだ。「今更、ルシアン社に債務が移るとは思っていない」と肩を落とす。
ルシアン社の拠点は今も茨城県土浦市のビルの一室に残る。ただ、代表らとは連絡が取れない状態が続いており、ルシアン社幹部は産経新聞の取材に「こちらもだまされた立場。取材には応じられない」と語った。
市場拡大もルール整備は道半ば
M&A市場を巡っては、後継者不足の中小企業にまで拡大する中、国や業界によるルール整備は道半ばの状況だ。仲介業者の急増でトラブルも相次ぎ、資格制度を検討する動きも出ている。
東京商工リサーチによると、昨年時点の全国の経営者の平均年齢は63・59歳で、平成21年の調査開始以降で最高を記録。後継難による倒産も昨年は463件発生し、10年余りで2倍になった。
こうした事情の中、調査会社「レコフデータ」(東京)によると、昨年実施されたM&Aの件数は4700件と10年前から倍増。中小企業庁による調査では、売り手側の理由(複数回答可)として、40%が「事業継続」、35%が「雇用の維持」を挙げた。
市場拡大に伴って仲介業者の登録は2956件(13日現在)に伸び、トラブルも後を絶たない。経済産業省は昨夏、「中小M&Aガイドライン」を改訂。仲介業者が買収を繰り返す中小企業を優遇して顧客を紹介する行為を禁じるなどの指針を盛り込んだ。一般社団法人「M&A支援機関協会」(東京)では、仲介業者に対する資格制度の導入を議論している。
中小企業の事業継承に詳しい大阪商業大の村上義昭教授は、M&Aのトラブルを防ぐには「契約のテーブルに(売り手側に融資してきた)金融機関などを同席させることも場合によっては必要」と指摘。融資元の金融機関が買い手側の財務状況などを契約前に調査することが、被害の抑止にもつながるとしている。(鈴木文也)