ビールよりスイミング、ロンドン金融街で野外水泳スポットの人気上昇
ウォーターフロント沿いのバーの前で、バンカーらはたばこを吸い、白ワインやビールを飲んでいる。視線を下に向ければ、色鮮やかなスイムキャップをかぶった人々が泳いだり水に浮かんだりしている。
穏やかな木曜日の夕暮れ時、英国ロンドンの金融街、カナリーワーフのスイミングスポットの風景だ。
「オープンウォータースイミング(野外水泳)」と言えば、湖や川、海などで泳ぐ印象が強い。しかしカナリーワーフの「エデン・ドック」は、JPモルガンやモルガン・スタンレーの高層オフィスを見上げる場所にある。
高層ビルの影で、水面は黒色に映る。水温は、夏でも12度まで下がることもある。
水中で視界に入るのは、周囲のビルの基礎部分や水草、そしてコンクリートだ。浮島にはカモや水鳥が巣をつくり、水中には絶滅危惧種の「ヨーロッパウナギ」も生息している。
「他のたいていの場所よりも水がきれいで、アクセスもいい。最高だ」。金融業界で働くオペ・オタニイさん(32)は、カナリーワーフで週に2回ぐらい、トライアスロンの練習に励んでいる。通常はコース3周、900メートルぐらい泳ぐ。周囲にそびえる高層ビル群は、方向を確認するのに使えるのだという。
不動産投資会社に勤めるマックス・シャープさん(26)は、数週間ごとにここで泳いでいる。やはりトライアスロンの練習のために始めたが、大会後も通い続けている。
自分に負荷をかけて泳ぐよう背中を押してくれるのが、アルコールを飲む人たちの視線だ。職場が近いガールフレンドが見に来ることもあり、泳いだ後に一緒に飲みに行く。
野外水泳への関心が高まるのに伴い、エデン・ドックの人気も上昇中だ。カナリー・ワーフ・グループによれば、今年これまでにスイミングの予約件数は1200件を超えている。昨年は440件だった。
日々の運営は「ラブ・オープン・ウォーター」が担っている。英国内でオープンウォーター4施設に携わっている会社だ。
「オープンウォータースイミングができると思うような場所ではない」と話すのは、カナリー・ワーフ・グループのイベントコーディネーター、チェス・ロフリドガードさんだ。「あれだけ野生動物や緑、魚がいるのに、見上げると人工物に囲まれている。他では再現できない。別世界にいるようだ」と語る。
近くに住むクリスティナ・ムンコバさん(23)はプールや川、海で泳ぐことの方が多いが、ここには違うものがあるという。「仕事帰りに飲みに来て、水を眺める人たちがいるのが面白い」。
観光関連企業スイムトレックのガイドも務めるロフリドガードさんによると、ロンドンにはさまざまなスイミングスポットがあり、スイムツーリストの目的地にもなっている。
泳いで通勤も
こうした新しいスタイルの水泳が楽しめるのは、ロンドンだけではない。
パリでは7月と8月、セーヌ川沿いで遊泳可能だ。デンマークのコペンハーゲンやオーデンセのウォーターフロントだと、「ハーバーバス」と呼ばれる施設で都心の住民が泳いでいる。
スイスのチューリヒでは湖の遊泳を無料で楽しめるほか、ベルンやバーゼルには川の流れを利用して泳いで通勤する人がいる。米ニューヨークでも川に浮かぶプールが計画されている。
一方、英国で野外水泳は議論の対象にもなっている。多くの川が下水や農業廃棄物で汚染され、遊泳に適していないからだ。ロンドンを流れるテムズ川も、例外ではない。
カナリーワーフのエデン・ドックはテムズ川から完全に遮断されており、地下の泥や砂で自然ろ過された水が供給されている。カナリー・ワーフ・グループは、有害な細菌について毎月検査を実施しており、常に清浄だとしている。
エデン・ドックは場所によって水深が6メートルあるため、水泳に自信がある人向けで、鮮やかなスイムキャップ着用が義務づけられている。30分ごとに25人まで利用可能な枠が水・木曜日の午後と金・土曜日の午前にそれぞれ設けられ、1回あたり9.50ポンド(約1900円)を支払う。
カナリー・ワーフ・グループによれば今は夏季限定だが、需要次第で冬も営業する可能性があるという。
同グループのロフリドガードさんによれば、特にオフィスワーカーに人気があるのが金曜日朝の時間帯だ。木曜日の夜も、完売になることが多い。仕事後のビールの代わりに、あるいは少なくとも飲む前に、健康的なアクティビティーを選ぶ人が増えているという。
最近周辺にはレストランやバーだけでなく花屋やネイルサロン、ラケット競技「パデル」のコート、英国最大のサウナなどが続々オープンしている。「もうみんながビールというわけではない。確実に文化が変わってきている」とロフリドガードさんは話した。