どうしようもなく孤独な人へ…東畑開人が明かす、カウンセラーの「使い方」
東畑開人さんが臨床心理士としての20年間の集大成として書き上げ、発売から2週間で7万部を突破した『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社現代新書)。実は何が行われているのかよく知られていないカウンセリングを通して、「なぜ心は変わるのか」という謎を解き明かした一冊です。今回のインタビュー(2)後編では、心をめぐる日本社会の変化についてお話をうかがいました。
(取材・構成、文/小沼理)
インタビュー(2)前編〈東畑開人が明かす「心」の新たな理論…「心は社会と体の中間にある」という真相は?〉はこちらから
——心への過剰責任のリスクは、ここ20年ほどの間で社会的にも特に重視されるようになりました。心の扱われ方が日本社会の変化と連動していることも、本書では触れられています。
東畑 80年代90年代は「心の時代」と呼ばれていました。中間階層が大きかった「1億総中流」の時代です。この時代は、社会に経済的な包摂感がありました。多くの人が会社に所属し、そこが共同体として機能していた。それは人を不自由にしていたけど、同時に守ってくれてもいました。この守られた時代には、心について考えることは「いかに生きるか」、つまり「実存」について考えることでした。
しかし、2000年代になると日本社会の新自由主義化が加速していきます。そうすると、共同体がバラバラと壊れ、個人が放り出されていきます。守ってくれる大きなものがなくなって、人間は弱く小さな粒として生きていかなければならなくなりました。「いかに生き延びるか」、つまり「生存」が危ぶまれる時代の到来です。
この生存の時代に対する社会の反応の一つが、過剰な自己責任論です。そしてもう一つが、問題の社会化。人間が小さな粒になり、その粒にとにかく頑張らせるか、とにかく社会を変えようとするかという二極化の時代に、僕は心理士をしてきたわけですね。
「頑張ればなんでもできる」だとただの自己啓発になり、過剰な責任を押し付けることになってしまいます。でも、「世界が変わるべき」だけでも、いっこうに変わらない現実の前で立ち止まり続けることになってしまう。ここにジレンマがあります。
Photo by iStock——この二極化をどうすれば乗り越えられるのでしょう?
東畑 小さな努力です。カウンセラーはユーザーの明日のために、あるいはその日の帰り道のために仕事をするので、変えられる部分を変えていこうと考えざるをえないんですね。心の変わらない部分を変えようとしてもしょうがないし、世界の動かない部分にこだわってもしょうがない。世界と心と自己のどこをどれだけ変えられるんだろうと考えるのが、毎日の仕事です。
逆に言えば、ユーザーからしたら、ままならない現実を変えるためにカウンセラーが存在する。だからこそ、カウンセリングの時間を実りあるものにするため、うまくカウンセラーを「使う」必要があります。
そうしてユーザーと対話をしていると、やっぱり心にはできることもある、と思います。
この本は僕の中で、心にできることを発見した本なんです。これまで『心はどこへ消えた?』(文藝春秋)『なんでも見つかる夜に、心だけが見つからない』(新潮社)といった本を書いてきて、ようやく「心はここにあって、こんなことができる」とはっきりわかった。心は自分の生活や人生に働きかけて、それらのある部分を変化させることができる。最後に心がなんとかしなくちゃいけない領域はある、ということを書きたいと思っていました。
——生存が脅かされる時代に、改めて実存を考える重要性についても書かれています。
東畑 この20年、生存をめぐる言葉はとても増えました。それは間違いなくいいことです。3ヶ月先の生活が見通せないときに人生について考えることができないように、生存という土台が整っていなければ実存についてじっくり考えることはできません。ただ、生活が安定したあとも人生は続いていきます。「人はパンのみに生きるにあらず」なんですよね。
今、実存をめぐる言葉がとても少なくなっています。しかしカウンセリングをしていると、生存が可能になった後にも、苦しみを感じている人がたくさんいるのを感じます。
仕事があって生活が安定していて、家族や友人もいる。それでも、どうしようもない空虚さを抱えていたり、自分の人生は何かがおかしいと感じている。そうした人たちは実存の次元で深い孤独を感じながら生きています。でも、自分の苦しみを打ち明けると、生存を至上命題とする現代では「贅沢な悩み」だと言われてしまう。この実存について、うまく語る言葉がないとずっと思っていました。
実存という人間の苦しみの次元があるし、その個人的な物語は、取り組むに足る切実な悩みなんですよね。この本では実存という古い言葉を取り上げて、集中的に書いたわけですが、その背景には、こうした問題意識もありました。