〈目撃〉大盛況の「タランチュラ祭り」に行ってみた、研究者も「素晴らしい」と絶賛、米国(ナショナル ジオグラフィック日本版)

 日没直前、コロラド州の環境保護団体「サザン・プレーンズ・ランド・トラスト」が所有する土地の道路を、野球ボール大のタランチュラが横切っていく。静かに車を降りた2人の生物学者が、数匹をすくい上げた。  米イースタンミシガン大学の大学院生スペンサー・ポセンテ氏と指導教員のカーラ・シリングトン氏がここに来たのは調査のためだが、タランチュラをたたえる唯一無二の祭典にも参加するつもりだった。  シリングトン氏はコロラド州南東部に通い始めたとき、畏怖の念を抱いた。長年タランチュラを研究してきたが、未開発の草原をこれほど多くのタランチュラが動き回る光景を見たのは初めてだった。「まさに驚くべき光景です」と氏は言う。「これが、私たちがこの場所でタランチュラ研究を長く続けている理由の一つです」  タランチュラは通常、単独で行動する。地表にはい出るのは、コオロギ、ミールワーム(ゴミムシダマシ科の甲虫の幼虫)、ゴキブリ、さらにはトカゲなどの獲物を捕まえるときだけだ。メスは同じ巣穴で何十年も生きる。  オスが真価を発揮するのは8~10歳ごろ、性的に成熟したときだ。そのとき、オスたちは一斉に巣立ち、交尾相手を探すため、コロラド州にあるような草原地帯を1.5キロ以上も移動する。  タランチュラは明暗を感知でき、触覚が非常に鋭く、振動や化学的な合図を感知する感覚毛を持っている。オスはメスの巣穴を見つけると、求愛のダンスを踊る。相手に関心があることを示すため、脚を高速で踏み鳴らすタッピングやドラミングを行う。  こうした求愛行動はときに成功を収めるが、失敗した場合でも、オスたちの終わりは近い。オスは通常、繁殖期後に死ぬ。車にひかれるか、捕食者に襲われるか、あるいは交尾でエネルギーを使い果たして餓死するかだ。メスは通常、オスより大きく、寿命も2倍長く、交尾後にオスを食べてしまうことさえある。  8月から10月の繁殖期については、まだ多くの疑問が残されている。だからこそ、シリングトン氏とポセンテ氏は草原で調査を続けているのだ。  2人はクモの体重や体長を測り、さらには「レーストラック」を走らせる。雨どいを半分に割り、アクリル板をかぶせたものだ。目的は勝者を決めることではなく、体組成と運動能力を調べることにある。繁殖期に入ると、オスは弱り、動きが鈍くなり、老化が進み、死に近づいていくためだ。  タランチュラは、米国南西部ではよく見かける動物だが、依然として多くの謎に包まれている。その理由の一つは、生涯のほとんどを地中で過ごすことだ。オスが性成熟期に触肢(口の付近にある短い脚のような付属肢)を発達させるまで、あるいはメスが卵を抱えて「ぽっこり」する姿を見ない限り、オスとメスを簡単に見分けることすらできないとシリングトン氏は述べている。  オスの謎はさらに深い。「オスには、あの短く激しい季節があります。彼らは生活様式を変え、かつてないほど多くのエネルギーを消費します」とポセンテ氏は説明する。氏は、繁殖期のオスがどのように衰弱していくかに興味を持っている。まるで縫い目がほつれるように、ボロボロになっていくのだ。  もう一つの疑問は、タランチュラが1日あるいは1シーズンにどれくらい移動するかだ。シリングトン氏は行動や生理機能を測定するため、無線タグと映像追跡を使い始めた。訪れる巣穴を選ぶ基準も不明だ。 「オスは時々、ふらふら歩き回り、巣穴のすぐそばを通り過ぎてしまうこともあります」とシリングトン氏は言う。「それは、中にいるメスがまだ成熟していないからなのか、それとも何か別の理由があるのでしょうか? 誰もが知っている巨大なクモだというのに、その生態についてはほとんど何もわかっていません」

ナショナル ジオグラフィック日本版

関連記事: