EUの炭素繊維規制案、三菱ケミなど日本勢が反発 「科学的根拠ない」

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「科学的な根拠があると我々は思っていない」――。

5月13日、決算記者会見の場で三菱ケミカルグループの筑本学社長はそう言い切った。これは欧州連合(EU)の立法機関である欧州議会が1月に公表した、自動車への炭素繊維の使用を制限する規則案に対してのコメントだ。

EUでは廃自動車(ELV=End-of-Life Vehicle)のリサイクルを規定する「ELV指令」で、人体への悪影響がある鉛や水銀、カドミウム、六価クロムの使用を制限している。改定案ではこの中に「炭素繊維(carbon fibres)」の文言が盛り込まれた。

もっとも、使用に制限をかける対象を直接記載した5条第2項には炭素繊維への言及はない。使用制限の適用除外について説明した第3項に「付属書に定められた条件と最大濃度値の範囲内で」炭素繊維を使用できる、という記載になっている。

みずほリサーチ&テクノロジーズの後藤嘉孝氏は「『付属書』で適用除外の具体的な要件を定めず第2項に記載すると、適用除外のない全面的な規制となってしまうため、このような記載になっているのかもしれない」と分析する。第2項への記載がない以上、採択後すぐに全面的な規制になる状況は生じにくいとしつつ、一定の条件を付けるなどして規制強化への検討が進む可能性はあると見る。

後藤氏は欧州議会の提案について「環境保護を強く訴える環境派の議員が炭素繊維の規制を唱えており、その勢力の意見をいったん反映させて様子を見ようという意図ではないか」と説明する。

炭素繊維は日本勢が世界で高い存在感を発揮しているマーケットだ。東レが世界シェア首位で、帝人も「世界トップクラス」だとうたう。三菱ケミカルグループも世界シェア1割程度だとしている。中国や韓国の企業なども投資を拡大してきたが、日本の3社で5割前後の世界シェアを占めるとも言われる。

野村証券の岡嵜茂樹アナリストの推定によると、自動車向けの炭素繊維の売上高は東レが300億円程度、帝人は50億円程度、三菱ケミカルグループが200億円程度で、いずれも各社売上高の0.5〜1%前後となる。炭素繊維は航空機や風力発電設備などで使用される量が多く、自動車に限れば売り上げ規模は小さい。ただ、ELV指令を皮切りに他の産業にも規制対象が広がるリスクも想定され、化学業界の警戒感は強い。

帝人の内川哲茂社長も5月12日の決算記者会見で「炭素繊維(事業)の今後の拡大・成長について、非常に重要な案件だ」とした上で「きちんとエビデンスを持ってご判断いただけるような準備をして対応したい」と語った。自動車向けの炭素繊維を手掛ける北米企業の売却を決めており、足元での影響は限定的だという。一方で長期的な炭素繊維マーケットの縮小圧力になりかねないと注意を払う。

炭素繊維を「有害物質」と見なすEUの案に対し、日本化学繊維協会(東京・中央)の炭素繊維協会も5月9日、炭素繊維の文言をELV指令に盛り込まないよう求めるポジションペーパー(統一見解)を発表した。東レの首藤和彦副社長は「ポジションペーパーに賛同し、社会的な周知に向けて協力していきたい」と話す。

ポジションペーパーでは、炭素繊維は車両の軽量化や長寿命化に貢献する上に、燃料電池車(FCV)の圧力容器などにも使用され、脱炭素に資する素材だとした。その上で「健康に影響を与えるという十分な証拠はない」と主張している。

世界保健機関(WHO)が定義する、呼吸により体内に吸入される繊維(WHOファイバー)は、直径3マイクロメートル未満、長さ5マイクロメートル超で、長さが直径の3倍を超えるものを指す。このため炭素繊維は、約5マイクロメートル以上のものが意図的に製造されているという。

ELV指令に対しては欧州の関連業界からも懸念が噴出している。三菱ケミカルや帝人は5月12日、欧州の自動車や複合材料の業界団体などとも共同声明を発表。炭素繊維が欧州経済にとっても重要な素材で、WHOの基準に照らして危険性のある素材ではないと訴えた。

EUは環境関連のルールメイキングで急進的な動きを見せてきただけに先行きが読めない。従来の炭素繊維が使えなくなれば、代替素材を生産するメーカーが「漁夫の利」を得ることになり、日本の炭素繊維メーカーが不利な立場に置かれるのは必至だ。様々な環境政策への対応に追われる化学業界に、新たな火種が投げ込まれた。

(日経ビジネス 松本萌)

[日経ビジネス電子版 2025年5月19日の記事を再構成]

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