「内定」追い求め16年… 耐え、もがき、苦しむ氷河期世代の半生
いつまでこんなことを続けるのだろうか――。東京都在住の木村啓二さん(53)=仮名=はふと独り言のようにつぶやいた。
木村さんの言う「こんなこと」というのは、正社員を目指した就職活動を指す。1971年生まれで就職氷河期世代(93~2004年ごろに学校を卒業または中退した世代)で、前の勤め先を辞めて以来、16年間にわたって就活を続けている。「早くこの生活を終わらせたい」と還暦を7年先に控え、もがき苦しむ。
若者の「ひきこもり」が初めて社会問題化し、就職氷河期を経験した40、50代。未婚の人の割合が増え、女性の社会進出で晩産化も進みました。中高年世代の生きづらさを考える記事を21日(各回午前6時半公開)まで連日掲載します。19日 氷河期世代の男性20日 ダブルケアに直面する女性
21日 発達障害を抱える女性
時代に翻弄(ほんろう)された人生だった。東北地方の海沿いの街で育ち、地元で有数の進学校に通った。1年間浪人して東京都内の中堅私大に進学したのは91年のこと。それまでの好景気から一転してバブルが崩壊し、不況に突入していた。
実家は地元で漁業関連の会社を経営していたが、上京後に不況のあおりで倒産した。何とか学費を捻出してもらった長男として、「一人前」になりたいという気持ちが人一倍強くなった。
学生時代に経験した就活は苛烈だった。大学進学率は今よりも低いが、同じ年に生まれたのは約200万人に上る。70万人前後の24年の3倍近い。
その一方、不況で大企業を中心に採用数を絞る狭き門。「まるで弱肉強食の世界」だった。入社試験を受け続けるも企業からはなしのつぶて。
何とか入った中小の食品会社では、入社前に伝えられていた営業職ではなく、工場勤務を強いられた。業務中に同僚からプロレス技を掛けられ、何もしていないのに蹴られもした。
今ではパワハラと呼べそうな行為だが、当時そんな言葉はない。「じっと耐えるしかなかった」。そんな職場環境に嫌気が差し、3年で辞めて事務機器会社の営業職に転職した。それもつかの間、会社の業績不振で1年半でリストラされた。
その後は運送会社の事務職に転じたが、入社数年後に社長が交代して穏やかな雰囲気が一変。1日10~12時間労働を余儀なくされ、人間関係もギスギスした「ブラック企業」に変貌した。10年ほど勤めたが、同僚も次々と辞めていき、次第に居場所がなくなって09年に退社した。
それ以来、正社員として働いていない。09年は、リーマン・ショック後の不況を引きずり、就職難の時代だった。今と違って30代半ばの中途採用は乏しく、転職サイトに登録しても面接まで進めなかった。非正規の仕事しかなく、事務系の派遣の仕事を1~3カ月続けて、何とか食いつないだ。
歯車のかみ合わない人生に、もがい…