6500億円で作ったのに、富裕層も観光客も来ない…開業11カ月で「きれいな廃墟」になったリゾート島の末路

サウジアラビアの紅海沖にあるリゾート島「シンダラ」が、海外メディアの注目を集めている。サウジの未来都市計画「ネオム」で初めて形になったプロジェクトで、2024年10月に行われた開業祝典には約65隻の船が集結し、少なくとも約73億円が費やされた。だが、開業から11カ月後、マリーナからヨットの姿は消え、いまも事実上の閉鎖状態が続く。約6500億円を投じた“ヨットの楽園”は、なぜ「きれいな廃墟」になったのか――。
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紅海の5キロ沖合に浮かぶ小さな島のマリーナに、2024年10月のある夜、全長50メートル超のスーパーヨットなど約65隻の船が集結した。

島の夜を彩るスポットライトのもと、高らかに宣言されたのが同島、すなわちサウジアラビアのリゾート島「シンダラ」の誕生だ。同国の未来都市構想「NEOM(ネオム)」のうち、初めて形になったプロジェクトとなった。

オープンを祝う祭典「レッド・シー・ウィーク」は数日間にわたり続いた。世界から船に揺られて島に集った来賓を、俳優のウィル・スミス、元NFLアメリカンフットボール選手のトム・ブレイディらがビーチのセレモニーで魅了。歌手アリシア・キーズが夜の海上に歌声を響かせる。

ウォール・ストリート・ジャーナルは、少なくとも4500万ドル(約73億1000万円。7月9日現在のレート、1ドル162.43円で換算、以下同)が費やされたと報じている。イベントを主催した米高級ライフスタイル誌のロブ・リポートの発行人であるルーク・バーレンバーグ氏は、「世界で最も功績ある興味深い650人以上を集めた」と胸を張った。

強風で島のマリーナへの入港が遅れ、ゴルフイベントでもショットが風にもてあそばれるなど、一部に混乱もあった。だが、招かれた関係者らは一様にリゾート島の未来に期待を高めた。

それから2年弱が経過した現在。シンダラはその後、ごく限られた招待客のほかには一般客を迎えることのないまま、事実上の閉鎖状態が続いている。

■建設費6500億円、開業11カ月でヨットはゼロに

「レッド・シー・ウィーク」から、わずか11カ月後。

中東湾岸ビジネス誌のアラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトは、船舶追跡サービス「マリントラフィック」のデータをもとに、シンダラのマリーナにヨットは1隻も停泊していないと報じた。ロブ・リポートは「カリブ海に対抗する、次なる一大ヨット拠点」になると触れ込むが、スーパーヨットの聖地となるはずだった構想とは雲泥の差がある。

シンダラに投じられた建設費は、ウォール・ストリート・ジャーナルが昨年3月に報じたところでは、当初想定の3倍に当たる40億ドル(約6500億円)近く。アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトによると、2024年に島内で開業するはずだったマリオット系列のホテル4軒は、いずれも予約ページすら存在しない。2023年に発表されたフォーシーズンズの開業は、2028年へ先送りされた。

閑古鳥が鳴く状況は、現場のスタッフの姿にも見てとれた。ウォール・ストリート・ジャーナルはリゾート関係者の証言として、レストランのスタッフが客を待ちながら本を読んで暇を潰していたと伝えている。招待客が部分的に訪れているとはいえ、一般客を迎える体制はおよそ整っていなかった。オープンの祭典から4カ月が経っても、ゴルフコースもホテルも一般には開放されない。

ネオムは公式サイトの中身も大きく変えている。シンダラ島のプロモーション資料は大半が削除され、ショッピングエリアやビーチクラブへの言及もひっそり消えたと、アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトは報じている。

■開発に5年、富裕層を呼び込むはずが…

ロブ・リポートによると、シンダラ島は約3万人の作業員が5年をかけて開発を進めた。サウジアラビア国営のサウジ通信社によるとその面積は約84ヘクタールで、東京ドーム約18個分、あるいは明治神宮より一回り大きい程度の規模感である。

富豪のスーパーヨットを迎えられるマリーナを整備し、高級ホテルを複数備えた島で休暇を過ごしてもらう算段だった。スーパーヨットはいわば動く豪邸といった大型船であり、宿泊機能を備えるほか、常時専任のクルーたちが乗り込む。各界の成功者が所有するこうした船で、そのまま島に乗り付けてもらう構想だ。

全長170キロの超高層直線都市「ザ・ライン」や砂漠の山岳スキーリゾート「トロジェナ」といった構想を抱えるネオムにとって、最も易しい部類のプロジェクトとなるはずだった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙もシンダラを「比較的シンプルな低層開発」と表現している。

米独立系ニュースメディアのセマフォーが伝えるところでは、この島はネオムの潜在力を世界に示し、プロジェクト全体が前進していることを懐疑派に証明するための「ショーケース」として位置づけられていたという。

しかし、その「比較的シンプル」なシンダラですら、予算は当初想定の約3倍に膨れ上がり、工期は3年以上遅れた。ネオムの未来は明るいと証明するはずの島が、皮肉にも、やはり計画に無理があったことを雄弁に証明してしまった形だ。

出所=サウジアラビア「ビジョン2030」公式ホームページより
シンダラのコンセプト画像 - 出所=サウジアラビア「ビジョン2030」公式ホームページより

■着工前の調査不足が招いた致命傷

スーパーヨットの新たな聖地として計画された島には、致命的な見落としがあった。

サウジ通信社はかつて、「戦略的な立地と一年を通じて心地よい気候」を備えた島と紹介した。86隻を係留できる最新鋭のマリーナが、「セーリングの新たな季節を切り拓く」とも高らかに謳っていた。

ところが、実際にはシンダラのマリーナには一年の大半にわたって波が入り込み、係留された船を絶えず揺らし続ける。ロイター通信が関係者の証言として伝えたところでは、島はたびたび強風にも見舞われるが、着工前の調査が不十分だったため、風の影響を設計に十分織り込んでいなかったという。

あの祝祭の夜、フェリーの到着とゴルフの進行を狂わせた風。それは決して偶然のハプニングというわけではなく、この島が決して逃れることのできない気候条件だった。富豪のスーパーヨットを呼び込むマリーナを設けておきながら、肝心のスーパーヨットが穏やかに停泊することすら許されない、致命的な痛手だ。

同じアカバ湾の対岸に位置するダハブやエイラートは、絶え間ない風ゆえにウインドサーフィンの世界的な聖地として知られる。サウジは、風を嫌うヨットの楽園を、よりによって風を求める者たちが集う海に造ろうとしていた。

■「皇太子の欠席」が意味すること

セレブが押し寄せた「レッド・シー・ウィーク」から、わずか数週間後のこと。2018年からネオムを率いてきたナドミ・アル・ナスルCEOが、突然退任した。

公式には「新たな実行段階への移行」が理由に掲げられたが、関係者は口を揃える。引き金はあのパーティーの惨状だった、と。

贅を尽くしたイベントの数々は、駆けつけた参加者にこそ好評だった。招待客の一人であるアレクサンダー・ユリッシュ氏はロブ・リポートに対し「すべてが見事にキュレーションされていた」と絶賛。マリーナについても、ヨットの船長やクルーたちが「素晴らしい」と口々に称えた。

だが、舞台裏は混迷を極めていた。島の誕生を祝うイベントに反するかのように、ホテルは未完成のままで、敷地の大半において目下建設中という状況。仕上げも粗く、発案者であるムハンマド皇太子は「予想外の欠席」で姿を見せなかった。多くのスタッフは、不満の表れと受け止めた。

ムハンマド皇太子(写真=وكالة الأنباء السعودية/Saudi Press Agency/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

関係者の一人はロイター通信に、「急いで仕上げようとして失敗した。それがナドミにとって、ラクダの背を折る最後の藁になった」と振り返る。積もり積もった問題の果てに、あの夜の失態でとどめを刺されたという見立てだ。

CEOの退場に続き、ホテル部門でも幹部が大量に入れ替わり始めた。同部門を4年間率いたクリス・ニューマン氏が退任したのを皮切りに、ネオムはホテル部門の幹部層の大半を一掃したと、アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトが昨年9月に報じている。人材担当責任者、イノベーション責任者ら幹部も相次いでプロジェクトを去ったという。

■異議を唱えた担当者は解任された

立地の問題も見過ごされていた。

ウォール・ストリート・ジャーナルは、辺境で進むネオムの建設現場には一般に、現地周辺で労働力をほとんど確保できないと指摘する。同紙によると、資材の搬入に欠かせない大型の港も、各所に重機を送るために必要なだけの十分な道路も、電力も不十分だったという。

なぜ、これほど明白な問題が途中で是正されなかったのか。同紙が入手した内部監査報告書からは、組織ぐるみの隠蔽体質が浮かび上がる。

「最終草案」と記されたこの報告書によれば、幹部らはネオムのビジネスプランに非現実的なほど楽観的な前提条件を織り込み、膨れ上がるコスト見積もりを正当化していた。単に見通しが甘かっただけではなく、意図をもって数字をねじ曲げていたというのが、この監査報告書の結論だ。

とりわけ象徴的なのが、アントニ・ビベス氏の振る舞いだ。ネオム全体のビジョン統括を担い、のちにシンダラの責任者も兼ねた人物である。コストの増大を見直すことなく、帳簿上の収益予測を吊り上げることで帳尻を合わせた。

重要な会議の前には、米マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントや同僚に「コストについて自分たちから積極的に言及してはならない」とメールで指示していたという。コスト試算に異議を唱えたシンダラのプロジェクトマネージャーが解任されており、異論が許される組織文化ではなかったようだ。

2024年末のCEO退任を受け、サウジの公共投資基金(PIF)がネオム全体の監査に乗り出したことで、こうした実態が明るみに出たと、セマフォーは伝えている。

■240兆円の“未来都市計画”に赤信号

世界有数の産油国サウジは、原油相場の浮き沈みに国家財政が左右されるという根深い脆さを抱えてきた。

そこで依存からの脱却を掲げたのが、2017年に発表された未来都市計画ネオムを含む経済多角化政策「ビジョン2030」だ。観光・テクノロジー・エンターテインメントを新たな成長の柱に据える。

だが、原油相場の下落に伴い、脱却計画自体に赤信号が灯った。米ビジネスニュース専門局のCNBCによると、国際通貨基金(IMF)が試算した2024年のサウジの財政均衡油価、つまり政府予算の収支を均衡させるために必要な原油価格は、1バレルあたり96.20ドル(約1万5600円)。前年から約19%も跳ね上がった。ところが2024年11月時点で、国際指標の北海ブレント原油先物の実勢価格は約72ドル(約1万1700円)。均衡油価を約25%下回る水準である。

一方、建設費は天井知らずだ。セマフォーが昨年7月に伝えたところでは、当初5000億ドル(約80兆円)とされたネオムの建設費は計画の拡大とともに膨れ上がり、すでに当初比3倍の1兆5000億ドル(約240兆円)に達している。日本の年間国家予算のおよそ2倍にあたる。中東の観光拠点として確固たる地位を築いていたUAEのドバイに対し、サウジは超高級路線で勝負に出たが、これもコスト増大に繋がったとみられる。

ライス大学ベーカー公共政策研究所のクリスティアン・コーツ・ウルリクセン研究員は、ビジネス・インサイダーの取材に対し、「ドバイが冬を楽しみたい大衆市場を狙うのに対し、サウジはますます超高級市場に自らを押し上げようとしている」と分析。シンダラをその筆頭に挙げた。

■「170キロの直線都市」は2.4キロに大幅縮小

こうした財政圧力の下、サウジはネオムの壮大な計画を軒並み縮小せざるを得なくなっている。

構想の目玉だったのは、砂漠地帯を貫く全長170キロメートルの直線都市「ザ・ライン」。延々と続くビルの壁で内部空間を囲い込み、快適に居住・移動できる空間を砂漠に生み出す構想だった。CNBCが伝えたところでは、2030年までの建設目標が当初計画の106マイル(約170キロ)からわずか1.5マイル(約2.4キロ)へ縮小されたと報じられた。

出所=NEOMオフィシャルサイト「ザ・ライン」より
ザ・ラインのコンセプト画像 - 出所=NEOMオフィシャルサイト「ザ・ライン」より

緊縮の波はネオムにとどまらない。ロイター通信によれば、政府系ファンドPIF傘下の別事業としてリヤド中心部で計画されていた1辺400メートルの巨大な黄金色の立方体建造物「ムカーブ」も建設が凍結されている。

アラビアン・ガルフ・ビジネス・インサイトの取材に応じた匿名の上級幹部は、「ネオムで工事が続いているかと聞かれれば、答えはイエスだ。作業員は現場にいるし、忙しくはしている」と強調した上で、「だが、速く進んでいるかと聞かれれば、ノーだ。ほぼ全プロジェクトの支出が凍結され、厳しい再評価にかけられている」と認めた。

仮に計画から撤退するにも、サウジは無傷ではすまない。今年6月のセマフォーの報道によると、サウジはネオムにすでに総額640億ドル(約10兆4000億円)を投じている。そのうえ2026~2030年の予算には、建設業者との長期契約を解除するための違約金として600億リヤル(約160億ドル)(約2兆6000億円。7月9日現在のレート、1サウジリヤル43.3円で換算)が計上されている。

■中止できないから完成させる

皮肉なことに、仮に中止に舵を切るにせよ、今後5年間の建設費よりも中止費用のほうがかさむ見通しだという。違約金だけで、サウジ政府が見込む2026年の財政赤字全体の3分の1を超える計算だ。

もはや背に腹は変えられず、現実的な折衷案が模索されている。サウジアラビアのムハンマド・アル・ジャダーン財務相は今年1月、ダボス会議の場で、「プロジェクトを減速させることに、問題も恥もない」と言い切った。

問題のシンダラについては、新たな引き受け手が現れた。紅海沿岸でリゾート開発を手がけるサウジの政府系開発会社、レッド・シー・グローバルだ。

シンダラの運営を引き継ぐ方向で、すでに水面下で調整が進んでいる。同社最高経営責任者(CEO)のジョン・パガーノ氏は6月18日、ローマで開かれたサウジ関連のビジネス会議でロイター通信の取材に応じ、「正式な引き渡しはまだだが、いずれ行われる」と語った。

「完成させる方法を検討し、私たちが再び息を吹き込む」と続けたが、「再び」の言葉には、島の厳しい現状が表れている。

レッド・シー・グローバルは紅海沿岸で現在14のリゾートを運営し、年末までにほぼ倍の27施設へ拡大する計画を掲げる。当初は1泊約2000ドル(約32万5000円)という超高級路線で批判を浴びたが、いまでは1泊400~500ドル(約6万~8万円)の施設も加え、間口を広げた。

写真=iStock.com/GoodLifeStudio
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■紅海に浮かぶ「きれいな廃墟」

紅海でスーパーヨットの聖地となるはずだった、高級リゾート島のシンダラ。

島のオープン当時、サウジ通信社が誇らしげに伝えていた表現を引くならば、「2028年までに1日最大2400人の来訪客」を迎え、「約3500の雇用を生み出す」はずだった。

ところが、現在でも変わらず美しい紅海に佇むのは、訪れる客がほとんどいない空っぽの島だ。実需を度外視し、調査不足から荒波という島の特性さえ見逃したシンダラは、「きれいな廃墟」さながらの状態となった。

ビジネス・インサイダーによると、サウジアラビアは2030年までに年間1億~1億5000万人の観光客誘致を目標に掲げている。ネオム全般のたび重なる計画変更を踏まえれば、見通しが堅実とは言い難い。

約6500億円を投じた末に、訪れる者がほぼいなくなった楽園は、今日も荒波の紅海にぽつりと浮かんでいる。

----------青葉 やまと(あおば・やまと)フリーライター・翻訳者1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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