ラーメン一杯2千円でも「待ち時間をカネで買えるなら楽」 人気店で「ファストパス」導入が増えているワケ
東京ディズニーリゾートなどでおなじみの「ファストパス」。チケット代にプラスして料金を払うことにより、行列に並ばずアトラクションを楽しむことができるサービスだ。これと同じことが人気ラーメン店でも使われるようになり、利用者が増えているという。取材を進めると、ラーメン店が直面していた“ある問題”が見えてきた。
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「ラーメン一杯2000円」になってもファストパスを使うワケ
人気の飲食店には大行列が付き物だ。
東京・銀座にあるラーメン店「銀座・八五」。ミシュランガイド東京で2022、23年版と2年連続で“一つ星”を獲得した実績がある人気店だ。
ラーメンの価格は「1200円~」と少々強気だが、昼時は行列ができている。同店は海外からの人気も高く、席数もわずか6席と少ないことから長蛇の列が常態化。これまで最大で「6時間待ち」というのもあったという。
平日の13時ごろ、同店を訪れてみた。店の前には行列とまではいかない程度に人が並んでいた。
店から出てきた人に話を聞いた。
オーストラリアから来たというトーマス・ターナーさん(31)は、「ファストパスを利用してラーメンを食べた」と話す。
「観光で来ており、時間が限られている中で行列には並びたくないと思っていました。日本では待つことがあたりまえと言われましたが、そこに時間をかけたくはなかったです。なので、待つ時間をお金で買えるのは非常に楽だと思いました」
たしかに、観光客からすると行列に並ぶ時間を短縮できれば、もう1~2カ所、観光地へ足を運べる。銀座からなら築地場外市場や浅草、東京タワーなども近い距離だ。限られた時間を効率的に使えるのなら、多少高い金額を払っても並ぶ時間を短縮したいという考え方は納得できる。
同店の広報担当者は、
「数時間待つか、500円で待ち時間なしで入るか、だと後者にメリットを感じられる方が多いという印象です」
と話す。
ファストパスは、スマートフォンで買うことができる。毎週土曜朝9時に枠を開放し、先着順でファストパスの予約を取得できる。来店予定の日付・時間・人数を入力し、手数料として500円かかる。キャンセルする場合、来店時間の3時間前から一人あたり2500円が取られる。
「6席に対し、毎日48席をファストパス枠としています。先着順のファストパス予約は、現在は開放後、数秒で全席完売しています。近隣の常連さんも利用されていますし、世界各国からの旅行者にもご利用いただいています。現在はファストパス利用者の6~7割が海外の観光客です」(同広報担当者)
ファストパスを導入したラーメン店は他にもある。
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東京・高田馬場にある人気店「博多ラーメン でぶちゃん」は、以前は無料で予約ができるシステムだったが、1年ほど前から390円の予約手数料(ファストパス)をとるようになった。
店主の甲斐康太さん(41)がこう話す。
「10人単位の無断キャンセルが続いたことからファストパスにすることを決めました。お客さんが行列して待っているなか、無料で席を確保しておくよりも、店側として機会損失にはならないし、非常に助かっています」
同店のファストパスもスマホで購入できる。当日のキャンセル料は一人あたり3千円。同店のラーメンは一杯1100円~で、ファストパスを買うと1490円~になる。ラーメン一杯約1500円と考えると一見高いようにも思えるが、利用者は増え続けており、3人以上の団体で利用するケースも多いという。
さらに同店では、ラーメンの値上げを見据え、2年前から1080円以上だった時給を1300円以上に上げ、深夜や残業時は25%増と、スタッフの働き方にも気を配る。甲斐さんは、新たなビジネスモデルはここにも貢献していると話す。
「飲食業界も非常に人手不足です。昨今のコロナ禍もあって、営業時間も短縮し、従業員の負担も減らしていました。そのため、勤勉でいいスタッフを集めるために苦労していましたが、新たなビジネスモデルがあることで、スタッフの質など、お店としてお金をかけるべきところにかけることができています。お客さんに良い商品を提供するうえでも、ファストパスというビジネスモデルが店の助けになっています」(甲斐さん)
ファストパスを運営するTableCheck社(東京・銀座)によると、同社のファストパスのシステムを導入している飲食店舗は全国で約60店舗、利用者は累計で20万人近くにものぼるという。
フードジャーナリストの山路力也さんは、ラーメン店でファストパスについてこう解説する。
「ラーメン店のファストパスは、言い換えると予約システムのことです。ラーメン店は、レストランなどの従来の予約システムを導入しづらい業態でした。通常は予約をとる店ではないので、「行列に並ばなくてもおいしいラーメンが食べられる権利」という付加価値として料金を上乗せした、というのがファストパスの概要です」
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山路さんは、ラーメン店がファストパスを導入する背景には、「キャンセル」に対しての弱さがあるためだという。
「ラーメン店は、他の飲食店でいう“キャンセル”、つまり“客の機会損失”に対して打つ手がありませんでした。『この店のラーメンがどうしても食べたい』という人であれば、行列ができていても並ぶのかもしれないですが、『混んでいるから別の店を探そう』という人もいるでしょう。整理券を配る人気店もありましたが、個人経営の店だと、準備やスタッフの確保などでそれも難しいです。行列を解消して離脱する客を減らし、なおかつネットの予約システムで客の機会を担保することも出来る。店側にも客側にもメリットがある、非常に面白いサービスだといえます」
とはいえ、前出の「銀座・八五」では、一番安いラーメンでも1200円(+税)がかかる。ファストパスをとってラーメンを食べるとなると、税込みでおよそ2千円。もはや高級料理の価格だ。一杯2千円のラーメンを食べる人はそれほど多くいるのだろうか。
「このファストパス自体の良いところは、客側に“ファストパスを買うか買わないかの選択権があるところ”です。よく、ラーメン界隈では価格の基準として“1000円の壁”と言われていますが、美味しいものならば千円でも2千円でも払うという客層が一定数いますし、そもそもファストパスを使う人たちは“値段”よりも”時間“や”並ぶストレス“をなくすことにお金をかける人たちです。それに対してラーメンが千円は高いと感じる人たちはその店には行かないでしょうし、ファストパスに価値を感じない人は行列に並ぶかあきらめるでしょう。つまり、今まで通りの使い方も併用されているところがポイントなのです」
双方向のメリットが保証されているなら、どこのお店でも使えばよいのではと思うが、現状では難しそうだ。
山路さんは、
「すべての飲食店が導入できるかというと、そうではありません。まず大前提として店側に一定のネットリテラシーが必要となりますし、人気店でなければ導入のメリットはありません。そしてレストランなどはすでに予約システムがありますし、カジュアルなファストフードの世界では「モバイルオーダー」が定着しつつあります。また、ラーメン店でも、券売機を使うなどの昔ながらの営業スタイルでやっているところとは、相性が悪いとも言えます」
説明し、こう続ける。
「日本の飲食業界は人手不足、コスト高、進まない価格転嫁などさまざまな課題に直面しています。このファストパスを収益の柱とすることは難しいと思いますが、料理やサービスだけではない新たな収益源のひとつとして、飲食店のビジネスモデルを変えていくことに貢献できる可能性が十分にあるサービスです」
ラーメンというカジュアルな分野でも進むDX。苦境が続く飲食業界の救世主となれるか。
(AERAdot.編集部 小山歩)