コラム:「欧州の再軍備」、金融市場の注目はその財源に=唐鎌大輔氏

 金融市場はトランプ政権の一挙一動に右往左往する日々が続いている。そうした中、特に急変を強いられているのが欧州だ。ベルギー・ブリュッセルで2023年2月撮影(2025年 ロイター/Yves Herman)

[東京 13日] - 金融市場はトランプ政権の一挙一動に右往左往する日々が続いている。そうした中、特に急変を強いられているのが欧州だ。既報の通り、再軍備に伴う国債増発懸念を背景として、ドイツを筆頭とするユーロ圏債券市場への注目はにわかに高まっている。直接的な契機はタカ派姿勢の堅持を伝統とするドイツの財政運営が拡張方向にかじを切ったことであった。

3月4日、ドイツの次期政権樹立に向けて協議を開始したキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と社会民主党(SPD)が拡張財政路線を可能とする合意を交わした直後、ドイツ10年物国債利回りの上昇幅がプラス30ベーシスポイント(bp)に達した。これは東西ドイツ統合により拡張財政を強いられた1990年3月以来の大幅上昇として注目された。その後のユーロ相場の押し上げにも当然寄与したと考えられる。

こうしたドイツの姿勢変化は欧州連合(EU)全体の動きと合わせて理解したい。2月12日、トランプ米大統領がロシアのプーチン露大統領と会談を行って以降、EUとウクライナの頭越しでの停戦協議が進む懸念は日増しに強まり、同月28日のトランプ大統領とゼレンスキー大統領の口論、その後に決定された米国側からウクライナに対する武器・軍事情報供与の一時停止を経て、欧州の自衛意識は急速に高まっている。12日の会談後、ヘグセス米国防長官は「欧州がウクライナ支援の圧倒的割合を負担すべき」との見解を示し、国防支出の北大西洋条約機構(NATO)目標を現状の名目国内総生産(GDP)比2%から5%に引き上げることを要求している。

5%は欧州に限らずほとんどのNATO加盟国にとって遠い目標であり、多くのEU加盟国は面食らった格好だ。しかし、EU内でもポーランドは既に4%を突破し、エストニアも3%以上を実現している。これらの国々は米国に匹敵する割合かそれ以上の防衛費を負担している。EUの中でも地理的に切迫感を持つ国は備えを始めており、同じ「EU」というくくりでも、東欧諸国の方が現実を直視していたのである。

<歴史的な「欧州再軍備計画」>

こうした状況下で3月6日にはEU特別首脳会議が招集された。同会議はフォンデアライエン欧州委員長が提案した「ReArm Europe(欧州再軍備計画)」を全会一致で承認している。EU全体として軍拡を決断するという歴史的な決断である。EU首脳はNATOが加盟国の集団防衛の基礎であり続けることを強調しつつ、NATO加盟のEU加盟国に対し、2025年6月のNATO首脳会議に向けて合意に準じた作業を進めるように要請している。要は「EUの財政制約(端的には安定・成長協定、以下SGP)を外すので加盟国の防衛支出増加に向けて急げ」という趣旨である。予算規模としては最大8000億ユーロとされている。

こうした流れの中、マクロン仏大統領からはフランスの核抑止力を欧州全体に拡大する意欲まで示している。もちろん、フランスが米国の立場を完全代替できるわけではないが、「EU全体として軍事的に自立を目指し始めた」という事実自体、歴史的な節目と言えるものであり、経済・金融情勢の点からも大きな変化である。

<気になる再軍備の原資>

金融市場の観点からはこうした再軍備にかかる原資がどこから調達されるかに関心が集まる。総額8000億ユーロのうち、約6500億ユーロは加盟国の防衛予算が拡張することで賄われる。合意文書には「国家レベルでの防衛費増加を促すために、SGPの免除条項を発動するという欧州委員会の意図を歓迎する」と明記されていた。防衛予算を原因としてSGPに違反することに関し、加盟国は今後、欧州委員会からとがめられることは無い。この点、冒頭で紹介したドイツの動きは先行的な決定だったと言える。

問題は残り1500億ユーロの取り扱いだ。この部分は欧州委員会から加盟国に対する「防衛融資」だと明記されている。使途としては防空システムなど域内の共同防衛プロジェクトに充てられる予定だが、金融市場にとっては欧州委員会がこの資金源をどこに求めるかが恐らく重要になる。この際、考え方は2つある。

まず1つはパンデミック時に雇用対策として採用された「失業リスク緩和緊急支援(SURE)プログラム」に倣う方法だ。SUREプログラムでは、欧州委員会がEU債を発行し、加盟国に低金利で資金を貸し付けた(以下、SURE債と呼ぶ)。SURE債で調達された資金はあくまで二国間融資として利用されるため、借り手である加盟国がEUに返済するというシンプルな構図だ。あくまで短期的な危機対応資金をEUが融通しただけであり、それ以上の政治的意味は帯びない。

もう1つはパンデミック後の経済復興を目的に発行された「ネクストジェネレーションEU(NGEU)」債にならう可能性だ。NGEU債はEU予算を裏付けとし、26年までに総額7500億ユーロの発行が予定されている。このうち過半(3900億ユーロ)は「補助金」、つまり返済不要の資金として加盟国に割り当てられる。NGEU債にまつわる返済資金はEUが独自財源(要するにEU税)で補填するため、当初は念願の財政統合の一里塚として大いに注目された。当然、雇用対策を大義とするSURE債よりも長期的目線に立ち、その政治的意味は大きい。しかし、現状では26年までの時限枠組みであり、あくまで財政統合のトライアル措置のような位置づけにとどまっている。

<トランプ政権は欧州統合の「触媒」>

今回、合意文書ではあくまで防衛「融資」と強調されているため、SURE債に倣う可能性も十分あるが、「欧州の再軍備」というテーマ性を思えば、EU全体で負担するNGEU債のような調達方法の方が親和性はあるかもしれない。その場合でもあくまで「融資」という形態が取られそうだが、財政事情的に十分な防衛予算を積むことのできない加盟国には「補助金」という形態も検討されるかもしれない。果たして、その際に内輪揉めは起きないのか。注目したい部分である。NGEU債的な、いわゆるユーロ圏共同債が検討される展開は今後、金融市場によって興味深い論点である。それはEUが然るべき方向にかじを切ったという意味でも、金融市場に新しい安全資産が生まれるという意味でも、前向きに評価できる動きになる。

歴史を紐解けば、債務危機やパンデミックといった極めて緊急性の高い外圧を契機としなければ、EUは大きな政治決断をできなかった。今回の契機はそれが戦争だったということだろう。その意味でトランプ政権が欧州統合を一段と促す「触媒」となっているという解釈をすべきではないかと筆者は考える。理由はどうあれ、EUは財政統合を主軸とする正しい姿に向かおうとしている。

<ECBの出番はあるか>

なお、気が早い話だが、防衛費予算の積み上げについて、どこまで見込めばいいか分からないという不透明感が強まり、域内金利が意図せず押し上げられる懸念はある。実際、防衛費の名目GDP比2%をようやく実現したところで3%、果ては5%という数字が飛び交っており、債券市場への圧力は強い。パンデミックの最中では、ECBがパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)として大量の国債購入に追い込まれた。そこで購入した国債は未だにECBのバランスシートに大量に残されている。今後、再び一時的な助け舟としてECBが債券市場に乗り込んでくる展開もあるはずだ。

元々、防衛支出の大きい米国ではこのような展開は考えにくいものの、EUやユーロにおいては、再軍備の必要性が短期的に増している状況であり、緊急避難的に中銀の関与までリスクシナリオとして見込む展開はあっても不思議ではない。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。08年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「弱い円の正体 仮面の黒字国・日本」(日経BP社、24年7月)、「『強い円』はどこへ行ったのか」(日経BP社、22年9月)など。新聞・TVなどメディア出演多数。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。

私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

関連記事: